日本に「未曾有の事態」を乗り越える力はあるか 東日本大震災で学んだことを未来につなげる

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また、被災地で一番困るのがトイレと水ですが、山と海に囲まれた場所ですから、自然のトイレで用が足りてしまうし、水も、震災後に裏山の沢から引いて作ったお手製の簡易水道で使い放題。おまけに、瓦礫の中から拾ってきたという風呂桶に簡易な小屋をかけ、脱衣場を備えた共同浴場まで手づくりしていました。

その直前までいた石巻の市街地では、たくさんのボランティアが入って、支援物資も潤沢でしたが、電気もガスも水道も使えず、多くの人が不便な避難所生活を強いられていました。処理しきれない汚物やゴミを詰めたビニール袋が溢れ、津波が運んできたヘドロの臭いと相まって、衛生状態はかなり劣悪でした。

孤立集落で目撃した共同体の力

しかし、郡部の孤立集落では、ボランティアもおらず、支援物資もないけれど、住民たちは、毎日お風呂に入ることができ、ゴミや汚物とも無縁な、清潔で快適な生活を送ることができていたのです。もちろん、完全に孤立し、支援物資も届かなかった間は、それなりに大変だったようですが、その時も、流されなかった家に残った食べ物を持ち寄って、皆で均等に分け合って何とかしのいだそうです。

この孤立集落と出会った時の衝撃はいまだに忘れられません。そこで目撃したものは、何よりも共同体の力でした。昔からそこに住んできた人達ゆえの結束力の強さと助け合いの力の凄さ、それが第一に感じたことでした。まるで集落全体が一つの家族と化しているようで、“つながり”とか“コミュニティ”と言った都会的な言葉では言い表せない、“共同体の絆”とでも呼ぶしかないものが、そこにはありました。

私は学生時代から山村調査で各地の村に入り、村落共同体のことを研究していましたし、紀伊半島の小さな集落に一年半にわたって住んだ経験もあるので、共同体の世界はわかっているつもりでした。

しかし、非常事態に直面した時に共同体が発揮する力は想像以上でした。同じ石巻市でも、市街地にはこのような強固な共同体はありません。普段から海と山に囲まれた狭い湾の中で肩を寄せ合うようにして暮らしてきた人達ならではの結束力なのでしょう。

このような共同体の力に加えて印象的だったのが、自然の力、特に森の力でした。森には木と水と土があります。木があれば、薪で暖をとったり煮炊きをしたりできるし、小屋もかけられます。水は命の源であるだけでなく、炊事洗濯洗浄に使えるので、健康で清潔で文化的な暮らしをもたらしてくれます。そして土は、生ゴミや糞尿を土に戻してくれるため、悪臭やゴミとは無縁の生活をかなえてくれます。

市街地の避難所がどこもゴミの山となって、悪臭が漂っていたことを考えると、このゴミや糞尿を受け止め分解してしまう土の力は、人間にとって、本当にかけがえのないものだと心の底から思いました。

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