ピコラエヴィッチ紙幣 熊谷敬太郎著
ピコラエヴィッチ紙幣はともかく、尼港(にこう)事件は広辞苑にも載っている。シベリア出兵時の大正9年、サハリン対岸の尼港で日本人将兵と一般人730人が赤軍派パルチザンによって殺された一大事件である。
書名のピコラ紙幣は、下落の激しい革命政府のルーブルに代わり日本の商社が尼港で発行し人々の生活に深く浸透していた「島田商会札」で、函館市立図書館に現物が残っている。そのピコラ紙幣と尼港事件にフィクションがない交ぜとなり、興趣は冒頭から盛り上がる。
極寒のシベリアを舞台に鮭鱒漁(サケマス)、ハイパーインフレ、紙幣の印刷と流通、現地経済に浸透する居留民、不満を抱く一部ロシア人と、異色の題材を、さしたる瑕疵もなく終局へ持ち込んだ筆力は一級品だ。ロマンにスリルにサスペンスと、サービス精神にも溢れている。
紙幣印刷技術など細部まで神経が行き届いており、「通貨とは何か」を問うた経済小説でもある。城山三郎経済小説大賞受賞作。(純)
ダイヤモンド社 1680円
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