「越権行為」からイノベーションが生まれる 富士フイルムのプロデューサー、戸田雄三氏に聞く(下)

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 日本に今ほど、新しい事業や商品が求められている時代はない。ただし、多くの日本の企業は、縦割り構造が強く、異分子が混ざり合うチャンスが少ないのが現状だ。そんな状況にもめげす、大企業の中でイノベーションを起こしてきた“プロデューサー”たちにインタビューし、その思考法や生き方などを学ぶ。

主力製品の写真フィルム市場が縮小し、業態転換を迫られた富士フイルムをライフサイエンス分野への進出に導いた中心人物が、戸田雄三取締役常務執行役員だ。写真フィルムの製造、開発、研究から、化粧品、医薬品、再生医療へ。彼はなぜ、果敢に新しい分野に挑むことができたのか?

※ 前編:富士フイルム、新ビジネス請負人の上司論こちら

新しいことに挑戦する喜びを、製造で得た

三宅:富士フイルムに入社して、製造部門に配属されたそうですが、これは希望されたのですか?

戸田:希望しました。新入社員研修のとき、1時間目の講師が製造の係長だったのです。非常に元気よく出てきてね、「きみたち、富士フイルムの製品は何だか知っているか」と、まず質問されました。僕らは写真フィルムかな、カメラかなと思ったけど、そんな当たり前のことを聞くわけはない。答えられないでいると、彼は黒板にチョークで「信頼」とでかい字で書いて、「これが富士フイルムの製品だ」と言うのです。この人すごいなと思いました。これは原理ですよね。

三宅:それが製造を希望するきっかけになったのですね。製造の現場では、どんなチャレンジや成功体験をされましたか?

戸田:新しいことに挑戦する喜びを、僕は製造で得たのです。僕が入社した1973年は高度成長期で、写真フィルムの売り上げは倍々ゲームで伸びていました。給料が1カ月に3万円も上がるような、景気のいい時代です。生産量を来年度は30%、40%アップどころか、倍にしましょうなんていう話もありましたね。工場は夏休みと冬休み以外は、ずっと動いていました。だから新しい工場を造っている余裕がないのです。人はいないし、製造を止めるわけにはいきませんから。

三宅:そういう中で生産量を上げていかないといけなかった。

戸田:だから火事場みたいなところで、自分たちの専門分野でやるべきことをやっていくわけです。僕は材料屋だったから、いい材料を作る。その工程をマネージする人たちがうまくいかないときは助けにいく。その逆もありました。

コンピュータが入る少し前でしたから、シーケンサーで材料や添加物を入れる順番などを制御していたのですが、僕が担当していた映画の上映用フィルムは非常に不安定で、すぐNGが出てしまうのです。そうすると工程が止まる。コラーゲンが主成分の液体ですから、保温をしておかないとバリバリに固まってしまうんですよ。工場で働いている三交代のおじさんたちに、よく月給泥棒なんて言われていました。

三宅:大変な製造現場ですね。

戸田:フィルム工場は、あの当時でも何百億円もかかる大きな工場です。何層もの材料の一つひとつに添加剤を入れるから、配管のおばけみたいな巨大な装置でした。感光してしまうので、中は真っ暗。最初は入ったらなかなか出てこられませんでした。

そんな中で大きなタンクを洗うのです。普通のタンクは温水で自動洗浄すればいいのですが、僕の担当していた製品のタンクは攪拌機が複雑な形状なので、自動洗浄では洗いきれない。三交代のおじさんたちが手で洗っていました。僕も手伝わされましたよ。

コラーゲンは40度に保たないと固まってしまうから、タンクの外側は70度ぐらいになっている。鉄ですから触るとやけどします。裸に分厚いゴムの前掛けひとつで、お風呂で背中をこするタオルのようなものを手に巻いて、タンクの中に首を突っ込んで洗っていました。

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