「おでん種店」が東京でこんなにも減っている訳 東京中のおでん種店を回ったマニアが解説

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1934年創業の立石 増田屋の3代目店主・中山貴司氏。1930年にできた商店街、立石大通り商店会の一角に軒を構える(撮影:梅谷秀司)

今後の店数の推移について源太氏は、「店主には70~80代の人も多く、後継者がいない店も少なくありません。私はそうした各店の状況を鑑み、15年後には30店以下に、30年後には10店近くにまで数が減ると推計しています」と話す。

ただおでん種店には、このまま先細りしてしまうのがもったいないと思わせる魅力がある。源太氏も、おでん種店の魅力にとりつかれた1人だ。

おでん種店の生き残り方

「五十数店を回って話を聞く中で、おでん種店という商いを続けることの大変さが切実に伝わってきました。初めはどこも似たような感じなのかなと思いましたが、実際はどの店も個性がきらきら輝き、人情味にあふれている。なくなりつつあることと、すばらしい産業・文化であることの間に、大きなギャップを感じました。

おでん種店の多くは古い店構えで、周りには昔ながらの商店街が広がっている。その風景や空気も味わいながらおでん種店に行き、お店の人と少し話をしたりしながらおでん種を買い、家でおでんを作って食べる。それらすべてを1つの“おでん体験”として味わってもらえれば、とくに若い人たちはかなり新鮮なんじゃないかなと思います」(源太氏)

冬場だけでなく通年で楽しめるところも、おでん種の魅力だという。おでん種というだけにおでんに入れなくてはと考えがちだが、もともとおでん専用の食べ物ではなかっただけに、そのままでも美味しく食べられるように作られている。例えばオーブントースターで少しあぶってから生姜を少し乗せて食べれば、味がしっかりついていて、魚や野菜の風味も濃く、いいつまみとなる。

冬場だけでなく、通年楽しめるのもおでん種の魅力の1つ(撮影:梅谷秀司)

こうした価値を提供するおでん種店が今後生き残るには、どんな道があるのか。

「1つ考えられるのは、ほかの業態との掛け合わせです。例えば赤羽の丸健水産や、立石の丸忠といったおでん種店は、飲み屋を併設することでとてもにぎわっています。あるいは大型のショッピングモールやスーパーと提携し、テナントとしておでん種店が入るというのも、ハマれば両者にとってウィン・ウィンなはずです。

産業自体には魅力があるので、それをいかにニーズにつなげるかや、いかに存在を知ってもらうかが大きなカギとなるのではないでしょうか」(源太氏)

忙しい中で、ちょっといいものや面白いものを家で食べたいという「中食」の需要を満たすうえ、肉類に比べカロリーが低い。古きよき時代にワープする体験も味わえる。こうした側面が認知されれば、おでん種店減少一途のベクトルは、変わるかもしれない。

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