ですから社会学的には電車の中で全員がマスクをしている状態と、4割ぐらいマスクをしていない人がいる状態では、感染の拡大予防について非常に大きな差が出るわけです。医学的な事実と、社会学的な対策にはこのように視点の違いがある。ここを誤解しているから専門知識のある方が「本当はマスクをしなくていいですよ」といった発言を不用意にするという現象が起きるのです。
さて本題の話をしましょう。私が現在、専門的に研究をしている経済分野のひとつが格差論で、その関係で貧困国の実態について比較的詳しく情報を集めています。一見私たちと関係なさそうな貧困国での病気の実態が、最後の最後に今回の新型肺炎についての対策の参考になるという話をさせていただきます。
貧困国では老人や乳幼児のような弱者の死亡率が残念ながら高い。ある統計では年間900万人の乳幼児が5歳の誕生日を迎えることができないといいます。その死因の5分の1は下痢です。
このような不幸な状況を止めようと世界的な取り組みが行われていて、何をすればいいのかもわかっています。下痢を引き起こす細菌やウイルスは塩素で殺菌できる。下痢を発症した子どもに治療として与えるべき経口補水塩(ORS)の主成分は塩と砂糖です。この塩素と塩と砂糖が安価に手に入るようにしたうえで、国連機関からNPOまでがその普及努力をしています。
予防できるはずなのに9割が予防しない
ところが購買力平価の日本円換算(以下同じ)によってひと月20円で塩素が手に入り、それが下痢を予防できることを国民の98パーセントが知っている国で、塩素を使う人の割合は1割にすぎないという問題が起こります。彼らにとって20円は安くはないとはいえ決して高くもない。年収が6万円ぐらいのひとたちが年間240円で予防できるはずの下痢について、なぜか9割の人が予防しないという現象が起きている。これがひとつめの例です。
同様にマラリアが深刻な問題になっている国々があります。1500円ぐらいで入手できる蚊帳を使えばマラリアの感染は劇的に防ぐことができるのですが、それが経済的に手に入らないひとたちがいます。そこで国際的な寄付金を利用したNPOが蚊帳の価格を80円に下げて普及をしようとしたところ、それでも買わない人のほうが多い。蚊帳がマラリアを防ぐことを知っていて価格も手に入るところまで下げてもそれを買わない。これがふたつめの例です。
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