輸送力増強に合わせて順次編成を長くしてきたため、最初から10両で造られた編成を除けば、8500系は1つの編成の中に「生まれ年」の違う車両を何両も連結している。
たとえば、「8626」号車を先頭とする10両編成は、新玉川線開業に備えて1976年に6両編成として登場。栄えある同線の開業記念列車にも使われた編成だが、複雑な車両の入れ換えや増結を経て、登場時から今まで一緒に手をつないでいるのは両側の先頭車と2号車だけ。一番新しい7号車「0709」は1987年製だ。
単に登場年が違うだけでなく、車両の構造も違う。8500系は15年以上の長きにわたって導入が続いたため、途中からの増備車両は新技術による「軽量車体」を採用。外観は屋根の形が従来車と若干異なり、両サイドがやや丸みを帯びている。「8626」の編成でいえば、10両中5両がこのタイプ。同じ10両の中でも形が微妙に違うわけだ。
車内もリニューアルされた車両と登場時の姿を残したタイプがある。さながら田園都市線の発展を刻んだ「年輪」のようだ。橋本さんも「増結の歴史があるので、同じ1つの編成でも個体差はありますね」と話す。
車両整備のプロが語る「面白い車両」
8500系の登場とほぼ同時期に入社した橋本さん。直後に配属されたのは田園都市線沿線の長津田工場で、当時最新鋭だった8500系がちょうど最初の定期検査に入ってくる頃だったという。
「整備屋としては面白い車両でしたね」。橋本さんは、これまでの8500系との関わりを振り返ってこう語る。その理由は、ブラックボックス化した近年の車両に比べて機械的な部分が多く「故障の原因を自分たちで追究できる」やりがいがあるためだ。
「われわれは『有接点』と言っていますが、電気を通すスイッチとか接触する部分が多いんですね。そういう機構だと、自分たちの手で故障や不具合の原因を追いやすいんです」。今も社員教育では、電車の基本的な構造としてまず8000系列の車両の回路を教えているという。
次第に数を減らしつつある8500系だが、引退後も地方の鉄道や海外に転じて活躍を続けている車両もある。長年走り続けることができたのは、車体が頑丈なことと「床下の機器類も定期的に更新してきたからだろう」と橋本さんはいう。
田園都市線の「顔」として走り続けてきた8500系の活躍も、残すところあと2年ほど。渋谷の街が大きく変貌するのと時を同じくするように、東急線上から姿を消していく。
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