ひきこもりの「社会復帰を妨げる」日本の危うさ 安易な「自己責任論」で済ませてはいけない

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企業による社会福祉の崩壊とはどういうことでしょう。日本では終身雇用制のもとで、企業が国の代わりに社会福祉政策を担っていたという側面があります。景気が後退して業績が落ちていても、会社は社員をクビにしないで、頑張って雇い続けました。企業みずから社員のためにセーフティーネットを提供していたわけです。

ところが、終身雇用制が崩壊し、企業がリストラを積極的に進めるようになったのです。当然のこととして失業者が増えましたが、国は増大した失業者に対応できるだけの充実した社会福祉制度、すなわち社会資源を持っていません。実際、日本の福利厚生などのセーフティーネットは欧米諸国に比べると、極めて脆弱だと言えるでしょう。

社会保障が不十分な社会では、ひとたび失業などの不運に見舞われると、多くの場合、どこにも誰にも助けを求められません。そのため、再チャレンジや回復への道は閉ざされてしまいがちです。

失業などで働くチャンスを失い、再就職しようと頑張っても、誰からも助けてもらえない。さらに、現代社会でよく聞く「自己責任論」が、そんな人たちを追いつめます。「生活が苦しいのは努力が足りないため、才覚がないため……だから、仕事がないのは仕方がないことなんだ」。そうやって経済的にも精神的にも追いつめられた人たちの一部がひきこもっているように感じるのです。

ひきこもりは決して他人事ではない

日本でひきこもりが増えつづけ、長引いているのもこのような弱体化した社会保障と蔓延する過剰な自己責任論が大きな要因と考えて間違いないでしょう。そして、繰り返しになりますが、これは他人事ではありません。

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私たちも、会社が倒産したり、解雇されたり、病気になったりといったことで、いつなんどき職を失い、無収入の状態に陥るかわかりません。誰にでもそうなる可能性はあるのです。

そのとき、再起を期すにしても、必要になるのは最低限のお金でしょう。それを保障するのが社会福祉であり、セーフティーネットなのです。それが貧弱であれば、いくら頑張りたくても、再起のためのスタートラインにさえ立つのが困難なのは明白でしょう。

終身雇用の終焉に伴い、国による社会保障の不十分さが露呈され、それを覆い隠すかのように「自己責任論」が声高に叫ばれたこの20年間、社会保障は充実するどころか、その予算は削減されていくばかりです。

現在のような状況が続けば、ひきこもりの方々が増えることはあっても減ることはほとんどない。そう考えざるをえないと、私は思っています。

桝田 智彦 臨床心理士

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ますだ ともひこ / Tomohiko Masuda

親育ち・親子本能療法カウンセラー。学生時代から作曲家を目指し20代前半にグループでプロの音楽家としてCDデビュー。その後、デザイン職とSCSカウンセリング研究所の准スタッフをしながら、音楽活動を継続したが、30歳を前に親友を不幸なかたちで亡くしたことにショックを受け、ひきこもる。SCS代表である母の取り組みによって、ひきこもりから回復。30代から大学・大学院へ進学し、臨床心理士資格を取得。精神科クリニック勤務経験を経て現在、SCS副代表、東京都公立学校スクールカウンセラーとして、ひきこもり・不登校支援に従事している。著書に『親から始まるひきこもり回復』(ハート出版)がある。

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