東京4年、26歳「映像」女子が関西に戻った理由

激務ながらも仕事は面白いが住むのは疲れた

「平坦な道じゃなくて、挑戦しようって思えたんです」

そう言われると、今朝間違えて山を1つ越えてしまったのも、なんだか意味があるように思えました……。

「番組見てみますか?」

テレビの前にしゃがんだしゅが〜ちゃんさんが質問っぽく言うやいなや、にぎやかな映像が流れてきました。この4年間すべての回を編集してきた番組です。

お互いにテレビを見つめたまま、しゅが〜ちゃんさんが今の仕事に携わるまでの話を聞きました。

生まれは大阪府で、大阪市淀川区南西部にある十三で育ちました。

モノづくりが好きだったので、高校から美術の学校に通って絵を描いていましたが、デジタル技術を用いた表現についても学びたいと思ったことから京都精華大学に進学。家から片道2時間かけて通学していました。

ゲームやアプリケーションをつくったりするほか、自分自身をプロデュースしてインターネットで発信する授業もあり、「しゅが〜ちゃん」という名前はそのときにつけたものです。

「テレビを観るのが好きだったから」

テレビ番組の制作会社に就職したのは明快な理由で、テレビを観るのが好きだったから。子どもの頃から、「どうやってつくってるのかわからん」と、番組制作に興味があったのです。

「テレビに関する仕事なら、カメラマンでも音声でもなんでもいいと思っていました」(撮影:川本史織)

テレビに関する仕事なら、カメラマンでも音声でもなんでもいいと思っていました。

映像編集を担当するようになったのは、入社したときにちょうど人手が足りていなかったからです。

大学ではまったく勉強しなかった技術なので、入社後にイチから勉強しました。

仕事も勉強も苦ではありませんでしたが、実は唯一嫌だったのが東京での勤務でした。

会社は大阪と東京にあって、面接からずっと大阪での勤務を希望していたのですが、入社が決まった後に急遽東京で勤務することが決まったのです。

上京が決まってからは、毎日心細い気持ちでその日を待つしかありませんでした。

「一人暮らしが嫌だったんです。1人で住むってどんなものか知らなかったから」

しかしせっかく入社できた会社を辞めるわけにはいきませんし、今辞めたところでもう就職活動は間に合いません。

しゅが〜ちゃんさんの東京での一人暮らしは、こうして渋々始まりました。

そんな東京での暮らしもあっという間に過ぎて、映像編集の仕事とももうすぐお別れです。

「この回、懐かしいな。スタッフが音楽好きなんで、ゲストも豪華で……」

映像を見ているとその時々を思い出すようで、カットが切り替わるたびに楽しそうに説明してくれる横顔が印象的でした。

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