元保険営業マンが「スシロー社長」になれた裏側

堀江新社長が明かした意外すぎる入社の経緯

――最初はトラックドライバーのアルバイトからスタートしたんですね。

そうです。当時は若くて力自慢。4トントラックを満載にして各店舗を回りました。そのときの上司が元社長の豊﨑(賢一)氏でした。豊﨑は仕入れをやりながら、センターの管理もやっていました。すると、豊﨑は「店を見に行く」って言いながら、私が運転するトラックに乗り込んでくるんです。一緒に乗るときはずっと魚の話をしていました。「うちのうなぎはな……」とか、「サーモンっていうのは……」って、話し続けているんです。

堀江氏がスシローに入社するきっかけを作った元社長の豊﨑賢一氏(写真は2012年のもの、撮影:ヒラオカスタジオ)

あるとき、「豊﨑さん、趣味は何ですか」って聞いたら、「仕事」って答えたんです。この人面白い人やな、と思いました。

それから約1年ぐらいして、豊﨑から「社員になれ」と誘われました。実はそれまでも何度か誘われていたのですが、別のところに就職しようと考えていたので、その都度お断りしていました。

そんな中、豊﨑が「俺は日本一を目指している」という熱い思いを話してくれました。アルバイトだった当時の私はひげも伸ばしているし、風貌も悪かった。そんな私に「日本一」という言葉がすごく響いたんです。翌日、汚い髪の毛やひげを全部剃って丸坊主にして、「お世話になります」って言いに行きました。

魚の「さ」の字をしゃべるまでに5年

――スシロー入社後はどのようなキャリアを積まれたのですか。

もともとスシローの場合、営業部、いわゆる店舗運営に関わる採用がほとんどでした。でも私が興味を持っていたのは豊﨑だったので、彼の下で仕入部の一員として採用してもらいました。

長い間、仕入れを担ってきた堀江氏だが、マグロの仕入れを担当するには時間がかかったという(撮影:今井康一)

とはいえ、魚なんか簡単に触らせてくれません。最初は備品や包材、それから調味料やデザートを任されるようになりました。魚の「さ」の字をしゃべれるようになるまでには5年ぐらいかかりました。

それでも重要食材、いわゆるマグロとか鮮魚、コメはやらせてもらえなかった。こういった食材を担当したのは仕入部長になった2012年ごろのことでした。

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