武田薬品「誤解を生む表現」の裏に多くの不可解 なぜ古いデータを使い続けたのか

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武田薬品工業は、高血圧症治療薬ブロプレス(一般名カンデサルタン)について、医師主導臨床試験(CASE-J試験)に基づくプロモーション(販促促進)活動を不適切な形で行っていた。期間は、今年2月末までの7年余りにわたる。

記者会見する長谷川社長(撮影:梅谷秀司)

同社はCASE-J試験の学会発表データを販促資材に転用。日本製薬工業協会は、学会発表データは論文化の過程で変わる場合があるため、販促資材については論文発表時のデータを用いるよう定めている。長谷川閑史社長が3月3日の記者会見で、「製薬協が定めた規約に違反していた」と認め、謝罪した。

また、販促資材では不正確な情報を伝えていた。そのことが「薬事法違反(誇大広告)に当たるのではないか」との質問に対しては、「(問題となる資料は)効能外の使用を促進するために作ったものではなく、そのような情報活動はしていない」(岩﨑真人・医薬営業本部長)との説明に終始した。

誤りだった「ゴールデン・クロス」

問題となっている販促資材は、『日経メディカル2006年11月号』(日経BP社刊)に掲載された武田薬品の企画広告と同様のものとみられる。同社はその詳細を明らかにしていないが、カンデサルタンおよび臨床試験での比較対照薬アムロジピンをそれぞれ投与した患者の間で、心不全や脳血管障害などの「心血管イベント」の発症がどれだけあったかを比較したグラフが含まれているという。

このグラフでは、治療を開始して36カ月まではアムロジピンを投与した患者のほうが心血管イベントの発症率が少なかったものの、同時期を境に逆転し、カンデサルタンのほうが好成績になっていた。グラフでは36カ月の時点に矢印が記され、「ゴールデン・クロス」との記述があった。

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『日経メディカル2006年11月号』の広告。図2が問題のグラフ。右ページ上の本文に「ゴールデン・クロス」の記載も

だが、この記述は誤りだった。岩﨑本部長は記者会見で、「(販促資材の)表現の中で、統計学上有意差がないものをクロス(交差)があるかのごとく表現したものがあった。(成績が優位であると)誤解を生む表現だった」と釈明した。

その後の延長試験でも、クロスが存在しなかったことが確認されている。

武田薬品の疑惑が持ち上がったのは、同社がPRに用いた06年の学会発表時のグラフと、08年に発表された主論文に掲載されたグラフに違いがあると、京都大学医学部附属病院の由井芳樹医師が指摘したのがきっかけだ。

武田薬品はその点について明確なコメントを控えているが、いずれにしても08年に正式な発表があった以上、それ以前の不正確な情報に基づく販促活動が最近まで続けられてきたことは弁解の余地のない不正だ。そのことを認識して、販促を続けていた事実はなかったのか。

不正に操作した疑いのあるデータを用いて宣伝していたノバルティスには、薬事法違反容疑で東京地検の捜査が入った。武田もおとがめなしというわけにはいかないかもしれない。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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