交通手段断たれても会社へ行く人の危うい思考

法人に対してなぜ「人格」を持って考えるのか

もちろん絶対に会社に行かなければいけない方がいたのも事実です。その一方で、会社から何の連絡もなかったから、とりあえず行こうとした方も大勢いたはずです。

もしこれが休日だったとして、プライベートで友人と約束していたらどうでしょうか。「今日は当然、やめておこう」とたった一言連絡をし合うだけで、互いに心身を消耗することなく、自宅で平和にすごすことができたでしょう。

では、どうして個人と個人で可能なことが、個人と法人、つまり会社に対してはできなくなってしまうのか。それは、法人は真の意味で人格を持たないから、です。

頑張る会社ほど病に冒される

法人という集合体になった途端に、そこに属する個人の人格が無視されることがあります。1人ひとりでみると、血の通った個人。でも、それが集合になると、いつの間にか、会社という巨大な怪物に成り果てているとでも言いましょうか。そのとき個人は怪物の成長のための「犠牲」「生け贄」となることがあります。

何を当たり前のことを。

と思う方もいるかもしれません。ですが、問題はそこではありません。真の問題は、個人は法人に対してなぜか「生き物」のように感じてしまうことがあることです。会社に限らずですが、自らの所属するコミュニティーを1つの生き物のように扱ってしまう感覚は誰しもが持ちます。ですが、それは冒頭に申し上げたとおり、幻想にすぎません。

例えば、「うちの会社って○○なんだよね」という言葉をよく聞きます。では、その「会社」とは何なのでしょうか。それは事業の集まりです。事業は部署の、部署はチームの集まり。そしてチームは、個人の集まりです。

にもかかわらず、その個人の集合体に、私たちは何かしらの1つの人格を与えてしまうことがあります。結果、「○○さんが期待を裏切った」というように、企業に対しても失望をいだくことがあります。直近の老後資金2000万円問題なども構造は同じでしょう。国が裏切った、というとき、人は本来実態のないはずの国を「1人の血が通った人格」としてみなしているのです。

台風の影響で改札に入れなかろうが、満員電車だろうが、交通手段が残されているならば、いつもどおり会社に来て働いてくれればいい。これまでもそれが当たり前だったし、みんながそうしている。

会社がこのように考えているとしたら、それは1つの病としか言いようがありません。私はこの病に、「魂なきバンカー」という名前をつけました。

魂なきバンカーは、目的なき成長によって引き起こされます。会社はもともと、小さなプロジェクトからスタートしています。創業者は成し遂げたい夢にあふれていたはずです。しかし、その創業者が去り、何世代も経つとかつての思いや思想は忘れ去られていくことが多々あります。

思いの実現のための手段だったはずの資産に対する認識が変化し、いつの間にか資産を維持、膨張させることだけが目的となってしまうのです。それだけならまだいいのですが、問題はその目的のために社員の心を殺してしまうことです。個人の心を殺してまで作られる成長、それは絶望にほかなりません。

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