19世紀「機械は思考できるか」問うた1人の女性 コンピュータは文系と理系の交差点で誕生

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しかし、バベッジの構想は理解されず、英国政府も投資の意向を示さなかった。そんな中、1人だけ彼を理解する者がいた。結婚し、伯爵夫人となっていたエイダ・ラブレスである。彼女は多目的機械という概念を正しく評価したうえ、そこに秘められた可能性まで思い描いた。「この機械は、数にとどまらずどんな記号表現でも、音楽や美術作品でも処理できるのではないか」と考えたのだ。

その頃バベッジは、イタリアの若き数学者ルイージ・メナブレアと出会う。そしてバベッジの助けを受けたメナブレアが1842年10月に発表した解析機関についてのフランス語の論文――これをエイダが翻訳することになった。

エイダは自ら論文を書けるほどテーマについて熟知していたが、女性が科学論文を発表するなど考えられない時代。バベッジはエイダに、論文に注釈を付けてはどうかと持ちかけた。こうして完成した一節は「翻訳者による注釈」と名付けられ、コンピュータ時代にエイダが偶像視されるきっかけとなる。

翻訳者による注釈とは?

「翻訳者による注釈」の中で、エイダは4つの概念を打ち出している。

1、「多目的機械」という概念

あらかじめ決められた処理ひとつしかできない機械ではなく、プログラミングもその変更も可能で、無限の数の処理が実行できるし、その流れも変えられるという概念。つまり、エイダはいまのようなコンピュータを思い描いていた。「解析機関は、ジャカード織機が花や草木をつむぎ出すように、代数のパターンを織りあげるのだ」と。

2、「解析機械は数字だけでなく、伝達に記号を使うすべてを処理できる」という概念

解析機関が行う演算は数学や数字に限らなくてよい。記号で表せるどんなものでも格納し、操作、加工して処理できるとエイダは指摘したのだ。

「コンピュータの演算は、数どうしだけでなく、論理的なつながりのある記号どうしであればその関係を変化させられる」「和声学による音の進行からどうすれば曲ができるのか、その基本的な関係が表現できて、演算を適用できるなら、解析機関によって、複雑精緻で科学的な楽曲を生み出すこともできるだろう」

これはまさに、エイダ流「詩的科学」の究極形だった。音楽、文章、絵画、数字、記号、音声、動画など、どんな形のコンテンツ、データ、情報でもデジタル形式で表すことが可能で、機械で操作できるという、まさに今日の私たちが体験している概念にほかならない。

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