埼玉「芝川」氾濫も大半の住宅が難を逃れた背景

台風19号の増水で見沼たんぼが果たした役割

その4年後の1969年には、都市計画法に基づく区域区分の設定も行っている。

1.  全域を市街化調整区域とする

2.  八丁堤から北側、県道浦和岩槻線までは、行政指導、土地の買取によって緑地を保全する

3. 県道浦和岩槻線から北側は、可能な限り緑地を保全する方針で、都市計画法と農地法によって規制する

これらの原則が50年以上に渡って守られてきたので、見沼たんぼには住宅が建てられなかった。過去には見沼たんぼを開発して宅地化しようという動きがあったと聞くが、市民の反対運動もあって実現することはなかった。

宅地化を免れた理由

見沼たんぼが宅地化を免れた理由には、地形も大きく影響しているだろう。もともと見沼たんぼは「大宮台地」と呼ばれる高台にできた沼地だった。その沼地を干拓し、それを囲むように2本の用水路を通し、最も低いところに排水路=芝川がつくられた。八丁堤の南側は「川口低地」と呼ばれる低地帯となるので、芝川にも立派な堤防がつくられている。

八丁橋から下流を見た芝川(筆者撮影)

しかし、見沼たんぼ内の芝川には堤防と呼べるようなものがなく、周囲の高台が天然の堤防の役割を果たしてきた。見沼たんぼを浸水リスクの低い土地にするには、芝川に新たに堤防を築くだけでなく、見沼たんぼより高い位置にある見沼代用水の治水対策も必要になる。

見沼三原則には「将来の開発にそなえて」との一文が入っているので、当時から将来的な開発構想はあったと推察される。しかし、ハザードマップの浸水想定区域から外れている周辺の大宮台地には開発されていない土地が多く残っていたこともあって、見沼たんぼは自然豊かな緑地のまま保全されてきたわけだ。

河川が作り出した低地に安全に住むためには、急峻な河川を堤防の中に押し込め、下水道やダム・調整池などのインフラを整備する必要がある。

芝川にかかる念仏橋脇の歩行者専用橋。(左)浸水直後の歩行者専用橋、(右)水が引いた後の歩行者専用橋(筆者撮影)
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