課題山積の日本でシンクタンクが育たない原因

求められるのは霞が関に頼らない政策起業家

鈴木:私はエビデンスに基づく政策が、熟議を経て合意形成されていく統治システムを作りたいと思って25年間、活動してきました。今は見る影もありませんが、一時はいいところまで行ったマニュフェスト選挙も取り組んだことの一つです。

よいマニュフェストを作ろうと思えば、やはり、有力政党のそれぞれが自前のシンクタンクを持っていなければなりません。アメリカはまさにそこがマニフェストを作っています。民主党は「公共政策プラットフォーム」、略称「プラトン」というシンクタンクを作り、自民党もシンクタンクを作って、政策による選挙を作ろうとしようとしたわけですけが、これは無残にも挫折してしまいました。

政策は票に結びつかない?

その総括はしなければならないと思っています。プラトンの場合は、仙谷由人さんが政調会長だった時代は、執行部も絶対に必要だという認識で、われわれも熟議を重ねて真面目にマニュフェストを積み上げていました。ところが、小沢一郎さんが幹事長になると、「こんなもの作っても選挙には勝てない」ということで潰されてしまいました。

船橋洋一(ふなばし よういち)/1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒業。1968年朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、2007年~2010年12月朝日新聞社主筆。現在は、現代日本が抱えるさまざまな問題をグローバルな文脈の中で分析し提言を続けるシンクタンクである財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブの理事長。現代史の現場を鳥瞰する視点で描く数々のノンフィクションをものしているジャーナリストでもある。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(2013年 文藝春秋)『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(2006年 朝日新聞社) など(撮影:今井康一)

小沢さんがおっしゃったことは、半分正しく半分違っているという現状が、日本にあることも事実です。最初に立候補したとき、「教育なんかやっても、票にはならない」と忠告されました。けれど、私は政治家として12年間、教育分野で懸命に働いてきました。藤沢さんにもお世話になりましたが、NPOの方や教育現場で活動する弁護士さんらいろんな人の知恵を借りてオープンに政策を形成し、教育改革に取り組みました。が、12年後の選挙では落選してしまいました。

つまり、政治と選挙は切り離すことはできない。それは事実です。結果、多くの政治家は政策より選挙を重視するようになります。選挙で重要な役割を果たすのはメディアです。ですから、政治家と有権者をつなぐメディアが変わらない限り、シンクタンクのような政策コミュニティーが一段大きく育つことは難しいと思います。

船橋:メディア、どういうふうに変えたらいいですか。

鈴木:結局、ウォルター・リップマン(20世紀アメリカのジャーナリスト、政治評論家。ステレオタイプという言葉を生み出したメディア研究の創始者といわれる)が指摘していることと同じです。

世の中のステレオタイプを修正するのがジャーナリズムの仕事のはずですが、商業メディアになってしまった瞬間に、ステレオタイプを悪用して読者や視聴者を増やすことが目的になります。選挙は今や見世物です。真面目な政策論争は脇に追いやられ、スキャンダル合戦になってしまいます。もちろん、日本だけの問題ではありません。

ですから、面白くなければ見てもらえない。商業メディアである以上、見てもらわなければならない。という悪循環とどう立ち向かうかだと思いますし、だからこそのシンクタンクの必要性なのだと思います。

(後編に続く)

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