課題山積の日本でシンクタンクが育たない原因

求められるのは霞が関に頼らない政策起業家

藤沢:2つあります。1つは、先ほど申し上げたとおり、面的、量的な問題です。われわれのNPOは総勢30人ほどのスタッフですが、その人数ではできることに限界があります。私が直接関わったのは、釜石市、大熊町、双葉町の3地域だけで、被災地域の1割にも足りません。それではノウハウが共有されないし広がりもありません。広げるには制度が必要だというのは、まさに、この活動を契機に強く感じたことです。

もう1つは、時間軸の問題です。日本の悪いところですが、この国では教訓が生かされることが少ないと思います。東日本大震災では、復興のため多くの人が熱心に知恵を絞って、汗を流しましたが、それが次の災害対策にまったくつながっていないというのが残念ながら現実です。経験やノウハウを次の時代につなげるためにも制度化はぜひ必要だと思います。

船橋:では、次に、鈴木さんに発言をお願いします。

日本でシンクタンクが育たない訳

鈴木寛(以下、鈴木):私は、政策起業家を目指してきましたが、まだ志半ばです。そこで、失敗のほうが多かった私の半生をご紹介して、政策起業家について考える材料としていただければと思います。

鈴木寛(すずき かん)/1964年生まれ。1986年東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省。資源エネルギー庁、国土庁、産業政策局、生活産業局、シドニー大学、山口県庁、機械情報産業局などで勤務。山口県庁出向中に吉田松陰の松下村塾に何度も通い、若者の無限の可能性を実感し、人材育成の大切さに目覚める。郷里神戸の阪神・淡路大震災被災(実家は半壊)から半年後の1995年夏から、通産省勤務の傍ら、大学生などを集めた私塾「すずかんゼミ」を主宰し、現在に至る(撮影:今井康一)

私は東京大学法学部を卒業し通産省に入りました。しかし、行政のやり方に疑問を感じました。それで、東大で行政学を教えていらした城山英明先生たちアカデミアのグループと、私と同じように役所のやり方に疑問を感じている役人を集めて、どこがおかしいのか突き止めようというわけで、一緒に『中央省庁の政策形成過程』という本を出版しました。

分厚い本ですが、さわりは事務次官会議ががんだということです。事務次官会議で1省庁でも反対すると、省庁の政策は閣議の議題になりません。

それが高じて、霞が関から飛び出して、慶應義塾大学に移りました。担当はITでした。その後、「希望者全員奨学金制度」の実現を目指し、民主党議員として参議院議員を2期務めました。教育、科学技術、スポーツ、文化、医療の5つにテーマを絞って活動しました。

参院2期で落選し、再び、慶応と東大を兼務して、アカデミアで仕事をしています。

船橋:鈴木さんは、民主党政権で文部科学副大臣をされ、安倍政権でも文科省参与や文科大臣補佐官を歴任される一方で、シンクタンクに参画された経験もお持ちです。そこで伺いますが、日本シンクタンク事情をどのように考えておられますか。

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