中央銀行はなぜこうもリブラを攻撃するのか メルシュECB理事講演で透けて見えた思惑

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短い講演なので、「リブラの浸透度合いや<中略>金融政策の波及メカニズムを毀損する可能性」が具体的に何を指しているのか定かではない。この点についてはさまざまな懸念がすでに流布されている。紙幅の関係上、詳述は避けるが、よく見聞きするのは、「銀行部門から預金が流出し、銀行は貸出原資を失うので信用創造機能が毀損する」という説である。

しかし、これは信用創造機能を誤解しており、問題外である。銀行は預金を原資に貸出するのではない。貸出することによって同額の預金を創出する(振り込む)のである。銀行員が貸出と同額の預金額をペン先で記帳すれば貨幣が生まれたことになることから、経済学者のジェームス・トービンが「万年筆マネー」と呼んだことは有名である。

リブラに関して言えば、リブラ協会がリブラと引き換えに得た資金を短期国債等の安全資産で運用することになっている。ということは、国債を売却した者の預金にリブラ協会から資金が必ず振り込まれる。世界の銀行部門全体で預金の総量が減ることはない。リブラ協会は国際金融市場における運用者の1人にすぎないのである。

一方、「リブラが流通することでリブラ建ての財やサービスの値段が支配的となり、これが金融政策の物価に対する影響を阻害する可能性」も盛んに取りあげられる論点だが、こうしたことは新興国では起こり得ても、ドイツを擁するユーロでは考えにくい。リブラと既存法定通貨の代替が起こるのはあくまで既存通貨の信認が非常に脆い新興国の話であり、先進国でそれが起きるとは思えない。

「投資家としてのリブラ協会」は侮れない

ではメルシュ理事が指摘するような「金融政策の波及メカニズムを毀損する可能性」としては何が考えられるか。あくまで可能性の話に過ぎないが、例えば「投資家としてのリブラ協会」が懸念すべき対象になる恐れはあるかもしれない。

仮にリブラが大量に流通し、例えばドルやユーロに匹敵するほどの規模に達した場合、リブラの運営主体であるリブラ協会が投資家として無視できない存在になるはずである。リブラ協会はリブラ利用者から振り込まれた資本をリブラリザーブとして運用するバイサイドなので、「リブラの大量流通」はそのまま「リブラ協会の運用資産巨大化」を意味するからだ。
運用する資産規模が大きければ、必然的に市場への影響力も増す。

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