SNSで疲弊している人は「名言」を読むといい 齋藤孝が選ぶ「心を支える日本人の名言」

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「いろいろむつかしい議論もありませうが、私が一身にかけて御引受けします」西郷のこの一言で、江戸百万の生霊も、その生命と財産を保つことが出来、また徳川氏もその滅亡を免れたのだ。
(『氷川清話』勝海舟・著 江藤淳、松浦玲・編 講談社学術文庫)

荒ぶる討幕軍を抑えなければならないという大きな課題がありながら、「私が一身にかけて御引受けします」という心意気。なんというすごいリーダーなのでしょうか。

「これは誰々に聞かないといけない、こっちは誰の責任であっちは誰のせい」などとやっていれば到底成し遂げられません。すぐに約束を破ったり、責任の所在をあいまいにしたりするトップ会談も多く、交渉決裂するわけですが、そういうトップは西郷のこの言葉を肝に銘じなければなりません。

簡単なことでもいいから、「いろいろむつかしい議論もありませう(しょう)が、私が一身にかけて御引受けします」と言ってみてほしい。声に出して言うと、腹に西郷がいて成長を助けてくれる気がします。

『銀河鉄道の夜』に学ぶ

けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。
宮沢賢治
『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治・著 新潮文庫)より

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」は、『銀河鉄道の夜』の中で主人公のジョバンニが言った言葉です。死者たちを乗せて銀河を走る鉄道。哀しみの空間の中でジョバンニは人の幸福のために何ができるかと考え、そして本当の幸福とは何かを考えるのです。

本当の幸福とは何か、定義づけることはできません。いいことばかりがあるわけではなく、つらいこと悲しいこともある。悲しみも心の地層に積み重ねながら、本当の幸福を考え続け、少なくともそこへ向かおうとすることが大切だと賢治は考えていたのでしょう。

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」という言葉は、人生の道で少しでも正しい方向へ向かおうとすることを助けてくれます。

落ち込んでいるときも、「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう」と自分に問い直してみると「そうか、いまとらわれていた思いは、本当の幸福とは関係ないか」と思えるかもしれません。人生の道を進む伴侶にしたい名言です。

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