「私の息子は、発達に偏りがあり、ふとしたことで心に傷も負ってしまいました。今はまだ学校にも通えず、毎日私と二人で、家の中で過ごしています。私も、体があまり強くなく、今は仕事をしていません。彼をこれからどうしてあげたらいいのか。たくさん考えてきたけれど、行き詰まってしまいました。まわりに頼れる人もいません。よければ力を貸してください」
華奢な体から、細い声で絞り出される訴えは切実だった。彼女のために何とかしなければと、その場にいたほとんどの人は思ったはずだ。しかし、いったい何ができるというのだろう。すぐにいい案は思い浮かばず、その日は軽い挨拶を交わし、私の連絡先だけを渡して別れた。
すると翌日、彼女からメールが届いた。
ある土曜日、新宿の喫茶店で
「明子さんに聞いてもらいたくなったのですが、少しいいでしょうか」
遠慮がちに始まったメッセージには、彼女と息子との毎日の暮らしや、その中にあるいくつかの困難についてつづられていた。なんでも彼女は数カ月前に、息子を連れて九州から、縁もゆかりもない東京に出てきたばかりだという。絵本のような優しい語り口でつづられていた文面からは、傷ついた息子を連れて一人、東京に出てきたお母さんとしてはどこか心許なく、放ってはおけない気がして、改めてYと会う約束を取り付けた。
数日後の土曜の昼。私たちは新宿の古い喫茶店で落ち合った。
「新宿、初めて来ました。人も多くて、少し迷っちゃいました」
笑いながら言うYの表情は、この前会ったときよりどことなく疲れているようにも見えた。それで、少し飲まない?と提案した。お酒そのものより、お酒を飲んで、気を緩めていい時間を作ることが、なんとなくいい気がしたからだ。
けれども彼女はそれを聞くと、わずかに目を伏せた。「あ、ごめん、お酒飲めなかった?」。私が再度尋ねると、Yが答えた。
「多分、飲めます。でももう10年近く飲んでないから、今はわからない」
「飲めるのに、10年も飲まなかったの?」と驚いて聞くと、そこからYは、少しずつ、自分のそれまでのことを話し始めた。
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