「早期教育でバイリンガル」はこんなにも難しい 赤ちゃんの言語習得にみる子どもの母語学習

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では母語が置き換わってしまう子どもと、バイリンガルに育つ子どもの違いの理由とは、いったい何なのでしょうか。

真っ先に思いつくのは、「脳の可塑性」かもしれません。

子どもの脳には可塑性が備わっている

成人では、言語の使用や理解をつかさどる脳部位が、脳卒中や事故などでダメージを受けると言語に障害が出て、完全に元の状態に戻ることはありません。それに対して子ども、とくに7、8歳くらいまでの子どもの場合、脳に損傷を受けて言語が失われても、そのあと時間をかけて言語を取り戻せる場合があります。

それは発達の早い時期においては、神経細胞の働きがまだ固定されておらず、どこかが損傷されてもほかがその代わりを引き受けることができたりするからです。

これが「脳の可塑性」です。

年齢が低い子どもでは新しい言語がもともとの母語に置き換わってしまうことがある、その現象がどのような「脳の可塑性」の結果なのかについては、まだ具体的にはわかっていません。

しかし、次のようなイメージを思い浮かべることはできます。

『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

年齢の低い子どもでは、いったんは母語のために使われるようになっていた神経細胞やそのネットワークもまだその働きが固定されていないため、新しい言語が入ってくると、その可塑性ゆえに、それらの神経細胞やネットワークは母語でなく新しい言語の使用を支えるものに変化してしまう……。

そのようなことが起こっているのかもしれません。

一方、年齢が上がれば可塑性もなくなり、神経細胞やネットワークの働きはそれほど簡単に変化しなくなります。そしてその結果として、いったん脳に植え付けられた母語も失われない、ということなのかもしれません。

*1
Snow, C., & Hoefnagel- Höhle, M. 1978 The critical period for language acquisition: Evidence from second language learning. Child Development, 49, 1114-1128.
*2
Krashen, S.D., Long, M. H. & Scarcella, R.C. 1979 Age, rate, and eventual attainment in second language acquisition. TESOL Quarterly, 13, 573-582.
MacSwan,J. & Pray, L. 2005 Learning English bilingually: Age of onset of exposure and rate of acquisition among English learning learners in a bilingual education program. Bilingual Research Journal, 29, 653-678
Snow, C., & Hoefnagel- Höhle, M. 1978 The critical period for language acquisition: Evidence from second language learning. Child Development, 49, 1114-1128.
針生 悦子 東京大学大学院教育学研究科教授

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はりゅう えつこ / Etsuko Haryu

宮城県生まれ。専門は発達心理学、認知科学。1988年お茶の水女子大学文教育学部卒業、1990年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了、1995年同博士課程修了。博士(教育学)。1995年青山学院大学文学部専任講師、助教授を経て、2003年東京大学大学院教育学研究科助教授、2015年より現職。著書に『幼児期における事物名解釈方略の変化――相互排他性制約をめぐって』(風間書房)、『言語心理学』(編著、朝倉書店)、共著に『レキシコンの構築』(岩波書店)、『言葉をおぼえるしくみ』(ちくま学芸文庫)など。

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