所有率世界7位、スイスで銃乱射を聞かない意味 東大の学生と国際政治の根本について考える

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小原:なるほど。国民が「自己保存」のために暴力を行使する権利(すなわち自然権)を国家に委ねることで、リヴァイアサンである国家だけが暴力の行使を認められ、対内的には警察が、対外的には軍隊が、それぞれ国民の安全を守るというのが近代主権国家のあり方だった。

ところが霞が関さんの意見に従うなら、アメリカでは警察による力の行使に頼ることができず、そのため市民は銃の所持を選択し、結果、さまざまな事件が引き起こされて市民の安全という社会秩序が失われることになると言える。しかし、それにしてもなぜアメリカの警察は、きちんとその責務を果たすことができないのだろうか。

厚木:僕は、物理的な距離の問題も大きいと思います。日本ではそこかしこに交番があって、必要になればすぐ近くの交番に駆け込むことができます。けれど、アメリカは何しろ広大な大陸国家なので、1つの警察署が管轄する地域はとてつもなく広い。

したがって交番制度もなく、地域によっては、事件が起きて警察に通報しても、警察官が到着するまでにかなり時間がかかってしまう場合もあると聞きます。そうなれば、警察に頼るのではなく、自分たちの安全は自分たちで守ろうと考えるのが自然ではないでしょうか。

銃社会につながったアメリカ建国の背景

小原:確かに、僕もアメリカに計6年以上住んだことがあるけれど、車で移動していると、隣の家まで何キロも離れているような大穀倉地帯に出くわすことがあったな。

僕からも1つ、付け加えておきたい。それは、アメリカの建国に見て取れる歴史的な背景だ。アメリカという国は、ヨーロッパでの宗教的な迫害を逃れて新大陸にやってきた人々が、銃を手にインディアンと戦いながら西へ西へと開拓地を広げていったことで形成された国だよね。そうした人たちからすれば、「開拓者魂」とでもいうべきDNAを体現する銃へのこだわりには特別な歴史的・精神的意味合いがあると考えられるんだ。

そして、アメリカ独立のために戦った建国者たちは、啓蒙思想に溢れた人たちだった。もしも国家が権力を濫用した場合、権力に抵抗し自由を守るための武器を所有するのは当然だというのが、建国以来アメリカ社会で受け継がれてきた価値なのだろう。

厚木:ロックの言う「抵抗権」の思想ですね。

小原:そのとおり。しかし、そうした事情をすべて考慮したとしても、ホッブズの言う「自然権」を国家に委ねないで、市民が武装するというアメリカ社会の秩序は、時代遅れでおかしいのではと僕は思っている。そこで、次の表を見てほしい。

これは、銃所有率の高い国のリストだ。アメリカはもちろん1位だが、ここで注目したいのは7位のスイスだ。スイスもアメリカと同様に銃社会と言われ、このデータが示すとおり多くの民間人が家庭で銃を所有している。

しかし、スイスで銃が使われて死者が出たという事件は、ほとんど聞かないよね?とくに、アメリカで頻発するような銃乱射事件(※)について言えば、2001年に1回起きたきり、その後は起こっていない。

なぜ、同じ銃社会でこれほどの違いが生まれるのだろう。

(※)「銃乱射」とは、「1カ所または近接する2カ所以上の場所における1つの事件で、銃器によって4人またはそれ以上の犠牲者が殺害されることで、死亡した加害者も含む」(2015年のアメリカ議会調査局の定義)
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