ハウジングプアが深刻化、家がなければ職探しも困難 《特集・雇用壊滅》
昨年末来、「非正規切り」の嵐が吹き荒れる中、ある問題が顕在化した。実は日本には、安心して生活できる住居を保障する社会的システムがほとんど存在しないという「ハウジングプア」(住まいの貧困)問題である。
「もう派遣では働きたくない。何とか正社員の仕事を見つけたい」。埼玉県北部のハローワークで、田村政弘さん(28、仮名)はうつむき加減にそう呟いた。田村さんは昨年4月より、製造派遣大手のアイラインから曙ブレーキ工業に派遣され、加工、検査業務に従事してきた。「1年以上勤務していただける方が望ましい」との勤務説明書を提示されたが、契約更新時の昨年11月、唐突に「契約の延長はなし」と通告された。
田村さんがこの日、ハローワークを訪れたのは、職探しと同時に、厚生労働省が職と住居を失った非正社員への支援として打ち出した、雇用促進住宅への入居に関心を抱いたためだ。雇用促進住宅とは厚労省が所管する独立行政法人、雇用・能力開発機構が設置している賃貸住宅。現在、約14万戸あり、入居者は約35万人。その空き部屋をこれまでは必要だった連帯保証人、敷金ともに不要として貸し出すことになった。田村さんが住む埼玉のアイラインの寮は、ワンルームで寮費は月5・4万円弱。時給制のため、お盆で工場が止まり総支給額が15万円程度にとどまる8月などは、寮費負担が重く手取りは7万円台まで落ち込んでいた。これでは貯蓄などは到底望めない。職探しの前提として、低家賃で住める住居の確保は喫緊の課題だった。
ところが制度開始直後の混乱状態だったためか、ハローワークの窓口担当者は、「(雇用促進住宅への入居は)ハードルが高いよ」「(同時に開始された)就職安定資金融資との併用は無理だよ」(正しくは併用可能)と否定的な見解に終始した。田村さんはいったん引き揚げたが、そうこうするうちに、交通の便のよいところから埋まってしまった。開始から1カ月で約2400件の入居が決定。開始半月の12月末の段階で、早くも首都圏には都心から電車で1時間半、さらにバスで数十分かかるような物件しか残っていなかった。
また開始当初はすでに廃止が決定され、入居を停止していた住宅は施策の対象外とされていた。愛知県の雇用促進住宅を視察した、社民党の福島みずほ党首は、「むしろ廃止決定された住宅のほうが低家賃で、職を失った非正社員にとっては役に立つはず」と批判する。結局、12月末に従来の1・3万戸に加え、廃止決定された3万戸の活用が決められたが、やはり交通の便のよい住宅はすでにまったく残されていない。
さらに雇用促進住宅は2007年の規制改革会議の答申を受け、11年度までに全国で約半数の廃止が閣議決定されている。そのため今回の施策でも、自動更新のない6カ月間の定期借家契約にとどまっている。
厚労省の矢継ぎ早の施策に背中を押される格好で、国土交通省も12月末、解雇等による住居喪失者向けに、同省が管轄する都市再生機構(UR)賃貸住宅の空き家2・3万戸を活用する方針を打ち出した。ただ厚労省の就職安定資金貸付事業で賄えるような低廉な家賃で入居可能な住宅となると、当面は500戸程度。東京では東久留米市の9戸だけだ。
だが実はURは、23区内に1000戸以上の空家を抱える大型団地を有している。足立区の花畑団地は、東京メトロ日比谷線も直通する東武伊勢崎線・竹ノ塚駅からバスで15分。総棟数80棟、住居総戸数2725戸と有数の大規模団地だ。1DK、2DKといった小世帯住宅が半分を占め、約4割が家賃5万円未満と手頃感もある。ただ、実際団地を歩くと、日が落ちても室内灯がともらない居宅が多い。1998年の建て替え計画で入居募集が停止されたまま、今に至るためだ。
今回の施策の対象はあくまで入居募集中の団地に限ったため、比較的交通の便がよく、大量の空き家を有する花畑団地は対象外とされた。URの事情に詳しい、国民の住まいを守る全国連絡会の坂庭国晴代表幹事は、「花畑団地の空家は清掃すれば即入居可能。解体予定なので極めて低廉な家賃設定が可能となるはず」と、その開放を提言する。
各自治体は公営住宅の活用も発表しているが、1月上旬の段階で東京都の実績はゼロ。というのも、都営住宅の新規建設ゼロが10年近く継続していることもあり、空室が乏しく、今回も供給決定戸数が市営の6戸にとどまるためだ。実際、昨年5月の都営住宅の入居応募は、公募956戸に対して、申込者数は約5・5万人。住まいのセーフティネットのはずが、高嶺の花になってしまっている。特別区の議長会からも都知事宛に都営住宅の建設促進要望書が出されたが、財政難を理由に腰は重い。