「わたし、定時で帰ります」で目覚めよ、おっさん

原作者が問う、昭和を引きずる企業への忠告

――その働き方は、種田晃太郎(※1)と同じじゃないですか!?

そうですね、晃太郎そのもの。しかも三谷佳菜子(※2)と同じで、自己肯定感も低いんです(笑)。

※1 種田晃太郎は『わたし、定時~』に登場する準主役で主人公・東山結衣の元彼。野球部出身で「人は寝なくとも死なん」がモットー。仕事に集中すると周りが見えなくなり、不眠不休でぶっ倒れるまで突っ走るタイプ。※2 三谷佳菜子は主人公の職場の同僚。就職氷河期に就活し、数十社から”お祈りメール”(企業からの「お祈り申し上げます」という不採用通知のメール)をもらったこともあり、自分に対する評価が低い。有休を取ることすら恐怖となっている。

ただ、今から考えると、明らかにキャパオーバーでしたね。自分が過労なんだという自覚がない。ちょっとランナーズハイに陥っていたんだと思います。

『わたし、定時~』の執筆依頼を受けたときも、プロット(物語)を夜中の2時に送って、朝の5時には起き出して出産のため病院に行きました。出産後も病室ですぐ起き上がって勉強したり、退院後も2週間は休んだんですが、そこからすぐ確定申告と連載をこなすという状態だったんです。

ちょうどそのころ、“ゆとり世代”の編集者さんと話をしていたとき、その編集者さんから「氷河期世代より上の人たちの働き方はおかしい」と言われまして。

――『わたし、定時~』に出てきそうなセリフですが、実際にそういう話が出たんですか?

朱野帰子(あけの かえるこ)/東京都生まれ。2009年『マタタビ潔子の猫魂』で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞。2013年『駅物語』がヒット。2015年『海に降る』が連続ドラマ化される。シリーズ第1弾となる『わたし、定時で帰ります。』は、労働問題が社会的な関心を集める世相を巧みに反映し、そのエンターテインメント性も相まって大きな話題となる。2019年4月に続編である『わたし、定時で帰ります。ハイパー』とあわせてドラマ化。近刊に『対岸の家事』『会社を綴る人』『くらやみガールズトーク』などがある(撮影:尾形文繁)

打ち合わせをしているときに、編集者さんに「なぜそんな働き方をするんですか。そういう働き方をする人たちに巻き込まれたくはありません」と、ハッキリ言われました。そのときは自分の人生を全否定されるくらいの衝撃でしたね。

と同時に、たぶん、自分もそのとき限界を迎えていて、このままいくと疲れているという自覚がないまま、突然、うつ病とか適応障害とかになってしまうんじゃないかと感じていたんです。もうギリギリだったんだと思います。心の中で「誰かに止めてほしい」と感じていたとき、その言葉を投げかけられて……。

そこで定時退社する人たちと、そうでない人たちとの葛藤というか、対立軸をテーマにしてみようかと考えつきました。労務管理のしっかりしていない会社の人たちが、働き方改革にどのように向き合っていくかを、コメディータッチで書きたいと思ったわけです。

もともとビジネス誌やビジネス書が大好き

作家になったばかりの頃は、作家に対する憧れが強すぎました。作家たるもの、高尚なものを読まなきゃいけない、文学の世界にもっと深く耽溺しなければならないと思い込んでいたんです。「外国文学を読んでいます」「本格ミステリーが好きです」というのが、作家のあるべき姿だと思っていて……。

実はもともとビジネス誌やビジネス書が大好きなんです。『日経トレンディ』や『日刊工業新聞』『日本農業新聞』を読むのも大好きでした。『週刊東洋経済』や『週刊ダイヤモンド』などで、ある企業が看板商品や製品を作り上げるまでといった記事が載っていると、それを読むだけで涙ぐんだり。ほかにも、試行錯誤がすさまじいなと感じる企業や変な研修を取り入れている企業があったりと、人間ドラマが詰まっている感じがすごく好きなんです。

だけど、文芸畑の編集者の方や作家さんにビジネス誌の話題を出しても、話がかみ合わないんですよ。だから、作家さんの集まりでも、なるべく企業の話はしないようにと心がけていました。本にしても、「今は直木賞を受賞した○○を読んでいます」とか、格好つけてましたね(笑)。

それが『わたし、定時~』を書いてから、「元会社員なんです」と胸を張って言えるようになったんです。カミングアウトというと大げさですが、本来の自分に戻ってきたと思える。いま読んでる本も、『the four GAFA』(東洋経済新報社)であったり『デス・バイ・アマゾン』(日本経済新聞出版社)といった、Amazonが躍進する陰で追い込まれる企業の話などが大好きで、こういう本が大っぴらに読めるようになった。

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