令和でも「虚礼」をやめられない人間の悲しい性 「年賀状」をやめた自営業者はどうなったか?

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「マイルドセブン」は形を変えて残っているため、ほぼなくなったであろうものは「合否電報」と「アマチャヅル」(まだ一部売られてはいる)ぐらいだ。いくら無駄だと思っても、人間はなかなか虚礼や無用物から抜け出せないことがわかる。

平成時代に廃れていった「年賀状」

正直、誰もが無駄だと思っているのにやり続けるというのは苦痛である。そこから「一抜けた!」とばかりに抜けることで、よりラクな人生を送れるのではないか。

例えば、正月の年賀状。今でこそ書かないことは普通のことになっているが、私が年賀状をやめた2000年には、「なんで書かないの?」と言われるほか、「私はあなたに送ったのに、いただけなかったばかりか、返事も戻ってこなかったので、なんか損した気持ちになりました」なんて言われた。

さらにフリーランスになった2001年には、「フリーならば年賀状ぐらい出したほうが発注主の心証はいいし、新たな仕事につながりますよ」と助言されたこともあった。

そのときは「そうですね」と神妙な顔をして聞いていたが、年末の忙しい時期になると、書いている暇などなかった。そして当時、12月に入るとパソコンとプリンターを普及させたいメーカー各社が「年賀状作りに便利ですよ!」といったCMを大量に流していたことを記憶している。

最近ではそんなCMを見ることもなくなった。日本郵政だけは郵便はがきのCMをやっているが、もはや関連業界は年賀状に市場性を感じていないのだろう。

もはや年賀状、お中元、お歳暮の3大虚礼は保守的な地域や業界を除き、「やらなくてもいいもの」になりつつある。バレンタインデーにしても、出張土産にしても、かつてほどの盛り上がりはなく「虚礼」の代表格といえそうなものは、実はもはや虚礼ではなくなっているのではないだろうか。

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