英のEU離脱、北アイルランド特別扱いしかない

慶応大の白井さゆり・元日銀審議委員に聞く

もう1つの問題は、北アイルランドの国境問題を甘く見たことだ。(1998年のベルファスト合意を守り)北アイルランドの紛争再燃を防ぐための「自由な国境」を維持するには、答えは1つしかない。EUが主張するように、北アイルランドに特別な地位を与え、EUの関税同盟と単一市場の枠内に残すことだ。

白井 さゆり(しらい さゆり)/1963年生まれ。1989年慶應義塾大学大学院修了。1993年コロンビア大学経済学部博士課程修了(経済学博士)。国際通貨基金エコノミストなどを経て、2006年から慶応義塾大教授。2011年4月~2016年3月に日本銀行政策委員会審議委員を務める。2016年9月から現職。新著に『仮想通貨時代を生き抜くための「お金」の教科書』(撮影:梅谷秀司)

しかし、それは北アイルランドを国家から分断するものとしてイギリスはのめない。それで仕方なく離脱案に「バックストップ(安全網)条項」を設け、新しい経済関係や国境問題の解決策が決まるまではイギリス全体が関税同盟に残り、北アイルランドはさらにEUの単一市場にも大部分残ることでイギリスとEUが合意した。

ところが保守党内の離脱強硬派は、そのバックストップ条項では無期限に関税同盟にとどまり、関税自主権が損なわれかねないと反対し、保守党に閣外協力している北アイルランドの地域政党、民主統一党(DUP)も北アイルランドへの特別措置によって国家の一体性が損なわれると反発した。といって他の解決策は誰も提示していない。国民投票のときに解決策についてしっかり議論しておくべきだった。

注目は5月23日実施の欧州議会選

――5月2日にイングランド(ロンドンを除く)と北アイルランドで行われたイギリスの統一地方選挙では保守党が歴史的大敗を喫し、労働党もやや議席を減らしました。一方、EU残留派の自由民主党や緑の党の躍進が目立ちました。

今回の地方選は実施地域が限られており、残留派が議席を伸ばしたといっても、イギリス全体の世論を反映したものとはいえない。欧州議会選挙の世論調査でリードする離脱派の新党「ブレグジット党」も参戦していない。北アイルランドでの選挙結果を見ても、国民投票時は残留派が多数(56%)だったが、今回は離脱派の第1党DUPは議席を減らしているし、依然残留派と拮抗しており、非常にもめている状況だ。

むしろ、より注目度が高いのが、5月23~26日実施の欧州議会選挙だ。欧州議会選挙はEU市民が直接議員を選任する重要な選挙で、保守党の大敗が確実だけにメイ首相はやりたくなかったが、回避は難しくなった。

今のところ離脱派のブレグジット党の支持率が約3割と最も高く、労働党が2割程度。与党・保守党は13%にすぎず、地方選挙で躍進した自由民主党とほぼ互角。選挙結果によって、今のイギリス全体で離脱派と残留派のどちらが優勢か明らかになる。本当の意味での最新の「世論調査」となるだろう。

――離脱期限は10月末までに延期されましたが、それまでにイギリスは議会下院で離脱協定案を批准して離脱できるでしょうか。

あまりにも議会が割れすぎており、皆が納得する解決策は見つからない。「パンドラの箱」を開けてしまったのだから、今後も迷走が続くのは必至だ。

私個人としては、やはり北アイルランドを連合王国(イギリス)の中で特別扱いし、EUの関税同盟と単一市場の中に残すしか解はないと考える。それにより、(国民投票で残留を支持した)スコットランドも特別扱いを求める可能性もあり、将来的にイギリスの統合に亀裂が走る恐れがあるが、それ以外に考えにくい。

メイ首相への退陣圧力が高まっているが、誰が首相をやっても解決策をまとめるのは難しかったはずだ。一枚岩でやや高圧的な態度で交渉に臨むEUに対し、イギリスは交渉力が弱いからだ。メイ氏が退陣し、強硬派が後任となれば、混迷はさらに深まる。EU側は、域内でポピュリズム政党が台頭する中、これ以上の離脱は食い止めたいため、厳しい交渉姿勢を維持しており、メイ首相と合意した離脱協定案を再修正することを拒否している。

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