ボルボ「最高速180km/h」が映す安全の本質 技術面に加え、ドライバーの行動も焦点に

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筆者は一連のボルボの発表を、“ゲームチェンジ”と感じている。これまでクルマは、より速く、より快適にという方向で進化してきた。近年はそこに安全や環境などの要素が加わったが、このうち速さと安全や環境は相反する要素である。事故の際には衝撃となる運動エネルギー、環境性能に直結する空気抵抗はいずれも、速度の2乗に比例して大きくなるからだ。

ボルボ本社に展示される衝突実験車両(筆者撮影)

それでも自動車メーカーは、技術開発によってこの2つを両立しようと努力してきた。しかし交通事故による死傷者はゼロにはならず、環境問題に悩まされている都市は多い。こうした状況を踏まえ、長きにわたり安全性を追求してきたボルボは、速度制限に踏み切らなければクルマの未来はないと思ったのだろう。EUも同様の考えを持っている。

この流れで不利に立たされるのはドイツ車だろう。ドイツには一部速度無制限のアウトバーンがあり、この国の乗用車はそこで育まれた高速性能をアピールしてきた。ドイツ国内でも環境保護や事故防止に熱心な人々が速度制限導入を訴えているが、自動車関連団体が反対しており、一部無制限という状況で落ち着いているものの、ボルボとEUの立場が主流になれば、時代遅れという烙印を押されることになるだろう。

一部のドイツ車は、時速200キロ以上でも180キロで走るボルボなど他社並みの安全性を保っていると豪語するかもしれない。しかしそのクルマを180キロで走らせればさらに安全になることは物理の法則が証明しており、本気で安全を目指すなら速度制限のほうが説得力がある。

日本車が速度制限で先行できなかった理由

ではなぜ、国内の自主規制で時速180キロのスピードリミッターを装着している日本車が、ボルボに先んじて制限速度を導入できなかったのか。筆者はここにもドイツ車が関係していると思っている。

日本の自動車メーカーの技術者と話をすると、ほとんどの人は目標としてドイツ車を挙げ、賞賛する。世界中で高く評価されているにもかかわらず、ボルボを出した人は自分の経験では皆無である。そしてドイツ車の優秀な点として高速走行時の安定性や操縦性を挙げることが多い。

V60クロスカントリーの後ろ姿(筆者撮影)

筆者は一昨年、ボルボ「XC40」のエンジニアや「XC60」のデザイナーのプレゼンテーションを欧州で聞いた。ドイツ車が出てきたのはライバルとの寸法・性能・装備の比較表だけで、それ以外は自車の優位性や独自性をアピールしていた。参考にはするが追従はしない。

もちろんドイツ車にも優れた点はある。しかし時速200キロを超えるような高速走行は、今の時代ではデメリットのほうが多い。これが世界の潮流であることは、EUの判断からも明らかだ。ボルボはその潮流の変化に先駆けた。一方の日本車は、欧州に比べてスピードレンジが低く、低速走行で真価を発揮する車両が多いのに対応しなかった。日本人のひとりとして複雑な気持ちになった。

森口 将之 モビリティジャーナリスト

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もりぐち まさゆき / Masayuki Moriguchi

1962年生まれ。モビリティジャーナリスト。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。著書に『富山から拡がる交通革命』(交通新聞社新書)。

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