薄氷踏むドル高相場はいつまで続くのか 投機の積み上がりが解消されるとき

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2017年12月のエッセイでカシュカリ総裁は「たとえ目標に到達または超えていたとしても、2.6%のインフレ率は現在の1.4%よりも懸念すべき事態とは言えない。なぜなら我々の目標は対称的なものだからだ」と述べている(当時のPCEデフレーターは1.4%付近だった)。これは「目標から0.6%ポイント離れているという意味では共にリスクは等しいと見るべきであり、FRB はあくまで目標からの乖離幅である0.6%ポイントを少しでも縮めるように全力を尽くすべき(つまり緩和を続けるべき)」という主張である。

また、カシュカリ総裁は今後、緩和局面に入った時に打てる手立てが限られている以上、「遅すぎる利上げ」よりも「早すぎる利上げ」でインフレ基調をくじいてしまう事態を避けるべきという政策運営上のリスクマネジメントの視点も強調していた。だが、こうしたカシュカリ総裁の押す「対称的な目標」と「リスクマネジメント」の観点について当時のFRBはさほど関心を示していなかったと記憶する。

しかし、ここにきて出始めたFRB高官の情報発信から察するに、「保険」としての利下げを通じ「対照的な目標」ゆえに正当化されるインフレ率の2%突破を狙うことが政策運営上のリスクマネジメントとしては必要なのだという主張が幅を利かせ始めているように見える。なお、カプラン・ダラス連銀総裁もそうなった場合(≒コアPCEデフレーターがプラス1.5%近辺かそれを下回る水準にとどまった場合)、利下げの選択肢を「必ず考慮に入れる」と述べたという(4月22日、WSJ日本語版)。どことなく利下げに向けた地均しをし始めているように見受けられる。

こうした主張の変節にはやや唐突感を覚える。トランプ大統領率いる政治的な圧力に屈したという見方をされたくないだろうが、そのように訝る向きは少なくないだろう。

「薄氷のドル高」であることを忘れずに

もっとも、現時点でコアPCEデフレーターは2.0%に近い水準(1.8%)にあるため、そうしたシナリオが現実に近いわけではない。米政府がイラン産原油の禁輸措置に関し、日本を含む8カ国・地域に対して設定されている適用除外措置を5月に撤廃することを決定しており(イランから輸入すると米国から制裁措置を受けることになる)、原油価格は当面騰勢を強めることが予想される。コアベースとはいえPCEデフレーターがエネルギー価格の影響から完全に無関係という話にはなりえないため、ここから一方的に下がっていくという展開も想像しづらいだろう。

とはいえ、FRB高官から利下げの可能性を示唆するような情報発信が相次いでいる以上、賭けるべき「次の一手」は「利上げ再開」よりも「利下げへの転進」だろう。「保険」という大義の下、利下げのハードルは下がっている中、投機ポジションの傾斜などによって支えられた現在のドル高相場は文字通り「薄氷」の上に立たされているような印象を受ける。

※本記事は個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係です

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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