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赤い電車「名鉄」、今振り返る昭和・平成の記憶 パノラマカーやお堀電車…懐かしの写真満載

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瀬戸線のガントレット。狭い橋をくぐるため、複線の線路を重ねているのがわかる(筆者撮影)

同じ頃、大きく姿を変えたのが瀬戸線だ。現在は地下の栄町がターミナルだが、かつては堀川が起点で、電車は名古屋城の外堀の中を走っていた。お堀の中なのでカーブはほぼ直角の急曲線で、狭い橋をくぐるために複線の線路を単線分のスペースに重ねた形の「ガントレット」があるなど特徴ある区間だった。

お堀区間の堀川―東大手間2.1kmが廃止されたのは1976年2月で、栄町に乗り入れる地下線は1978年8月に開業した。地下化・都心乗り入れによって瀬戸線は都市近郊の通勤鉄道として大きく飛躍し、現在は走る電車すべてがステンレス車両に統一され、お堀を旧型電車が走っていた頃とは様変わりした。

岐阜市内線と揖斐線・谷汲線の直通急行として走ったモ520形。赤1色に変わる前のやや簡略化された赤白塗装の姿だ(筆者撮影)

廃止になった路線や区間はほかにもあるが、中でも思い出深いのは岐阜の市内線(路面電車)と直通運転を行っていた揖斐線・谷汲線だ。大正時代に製造された前面が半円形のモ510形・モ520形が1967年の直通急行運転開始時に抜擢され、室内は転換クロスシートに、塗装は白と赤の塗り分けとなり、一躍同線の花形車両となった。

路面を走る車両としては大柄なこの車両が連結して市内線の直角カーブを曲がる姿、郊外区間で車体を揺らして疾走する姿は迫力があり、よく撮影に訪れた。揖斐線・谷汲線・岐阜市内線は2005年までに全線が廃止されてしまったが、今も緑の中を走る風景が思い起こされる。

令和の名鉄はどう変わるか

「平成」が終わり新たな時代に入ったが、平成年間の名鉄はJR東海道本線との競争激化、2005年の中部国際空港開港に伴う空港アクセス鉄道としての機能強化などによって大きく姿を変えた。銀色のステンレス車両も増え、赤い名鉄のイメージも変化しつつある。

日本で初めて特別料金なしの冷房車を導入し、特急料金不要でパノラマカーを運行した「大衆と共にある」かつての名鉄のイメージからすると、ややビジネスライクな感じに寄りすぎている感もある。だが、名古屋を中心とする中京圏の重要な足であることは変わらない。

名鉄はこの3月、長らくホーム3面2線で多数の列車をさばいてきた名鉄名古屋駅を4線化する計画を発表した。名鉄の顔であるターミナル駅がついに姿を変えることになる。今後の名鉄がどのように変化していくか、令和の時代も見守っていきたい。

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