パノラマカーは、当時の名鉄社長が渡欧のとき当時のイタリアの代表的列車「セッテベロ」を見て気に入り、わが社にも……と参考にしたなどと伝わっている。
私はかつて旧国鉄の副技師長、星晃さんに「セッテベロのデザインは名鉄パノラマカーや国鉄『こだま』型のボンネット特急にも大いに参考になり、影響を与えている」と聞いた。ただ、展望はセッテベロよりパノラマカーのほうが格段に優れていた。
名鉄の前面展望型特急車両はその後、1984年に「パノラマDX」8800系、1988年に「パノラマSuper」1000系が登場した。どちらも運転席を1階、客席を2階にした構造だが、その頃には私鉄各社をはじめとしてさまざまな特急車両や展望車両が登場していたこともあり、初代パノラマカーほどの鮮烈な印象は受けなかった。
パノラマカーは2009年に全車が引退し、名鉄の線路上から姿を消して今年で10年になるが、これからも不朽の名車として語り継がれるであろう。
戦前生まれの流線形電車
かつての名鉄は、最新のパノラマカーが走っているかと思えば大正時代に製造された車両も現役、国鉄(JR)高山本線直通のディーゼル特急「北アルプス」もあるという「何でもあり」のような鉄道で、それゆえに鉄道ファンの注目を集めていた。
その中でも目立っていたのは戦前生まれの流線形電車850系と3400系だ。名鉄は1935年に名岐鉄道と愛知電気鉄道の2社が合併して発足したが、当初は線路がつながっておらず、850系は旧名岐側の押切町(名古屋)―新岐阜間、3400系は旧愛電側の神宮前―豊橋間の特急用としてどちらも1937年に登場した。
その形から850系は「なまず」、3400系は「いもむし」と呼ばれて鉄道ファンに親しまれた。ただ、かつてはそのような呼び名はあまり聞かなかったように思う。
