日本人にも中国「監視国家」化は人ごとではない 「私利私欲と公益」をどう両立させるのか

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2014年に中国政府が「社会信用システム建設計画要綱(2014~2020年)」を公表して以来、急速に進むビッグデータの蓄積とその管理、およびそれらを社会秩序の構築に結びつけた「社会信用システム」の構築について関心が高まっています。

一方で、例えば中国ではアリババやテンセントといった大手IT企業が提供する決済サービスや「社会信用スコア」が、利便性を求める人々の私欲を充足させると同時に、テクノロジーに裏付けられたアーキテクチャによる「向社会的行動の点数化」を実現しつつあります。

つまり人々がより社会のためになるような行為を行うと、それが可視化されて自分の利益になっていく、という仕組みが社会の中に実装されつつあるわけです。

中国社会というと、非常にアグレッシブでカオスのようなエネルギーにあふれている社会だ、というのが一般的なイメージだったと思いますが、実はこのところ大都市に限って言うと、「行儀がよくて予測可能な社会」になりつつあるように思います。

ただし、このような社会の動きをもって、中国ではジョージ・オーウェルの小説『1984』さながらの、政府が14億人の国民の行動を監視するような社会が構築されつつあるような印象を与える報道も目立ちますが、それは明らかに誤ったイメージだと言えるでしょう。

例えば、裁判所が命じた賠償金の支払いに従わないなど、社会的に問題のある行動を起こした人物(「失信被執行人」)を行政機関が共有し、社会的な制裁を与える仕組みがあります。このようなブラックリストに載った人々への政府による制裁と、アリババのような民間企業が開発した信用スコアを混同した報道もありますが、基本的に両者はまったくの別物です。

日本や欧米はどうすべきか

このようなテクノロジーの進化に支えられた「監視社会化」と、「市民社会」との関係については、これまでも欧米や日本などの事例をめぐって活発な議論の蓄積があります。

そこでは、テクノロジーの進展による「監視社会」化の進行は止めようのない動きであることを認めたうえで、大企業や政府によるビッグデータの管理あるいは「監視」のあり方を、「第三の社会領域」としての市民社会がどのようにチェックするのか、というところに議論の焦点が移りつつあります。

しかし、現代中国のような権威主義体制をとる国家において、「市民(社会)による政府の『監視』の監視」というメカニズムは十分に機能しそうにありません。だからといって、中国のような権威主義的な国家における「監視社会」化の進行を、欧米や日本におけるそれとはまったく異質な、おぞましいディストピアの到来として「他者化」してしまう短絡的な姿勢もまた慎むべきでしょう。

「監視社会」が現代社会において人々に受け入れられてきた背景が、利便性・安全性と個人のプライバシー(人権)とのトレードオフにおいて、前者をより優先させる、功利主義的な姿勢にあるとしたら、中国におけるその受容と「西側先進諸国」におけるそれとの間に、明確に線を引くことは困難だからです。

私は、このような問題を考察するうえでは、「監視社会」が自明化した現代において、私利私欲の追求を基盤に成立する「市民社会」と、「公益」「公共性」の実現をどのように両立させるのか、という難問を避けて通るわけにはいかない、と考えています。

例えば、中国社会を論じる際に1つの重要な軸であり続けた、近代的な「普遍的な価値」「市民社会論」の受容、という主題はすでに過去のものになりつつあるのでしょうか。あるいは、現代中国の動きは「管理社会化」の先端を行く事例として、日本に住むわれわれにとっても参照すべき課題を提供しているのでしょうか。

こういった「問い」を自分たちにも突きつけられている問題として受け止めることが、中国のような権威主義国家の台頭を前に、私たちに必要とされている姿勢なのだと思います。

梶谷 懐 神戸大学大学院教授

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かじたに かい / Kai Kajitani

1970年生まれ。現在、神戸大学大学院経済学研究科教授。専門は現代中国の財政・金融。著書に『現代中国の財政金融システム』(名古屋大学出版会、2011年、大平正芳記念賞受賞)、『中国経済講義』(中公新書、2018年)などがある。『週刊東洋経済』にて「中国動態」を連載中。

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