浜矩子教授「今の英国の混乱ぶりは情けない」 ブレグジットの決断そのものは正しいのだが

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――英国はEUを離脱してどんな姿を目指すのでしょうか。

メイ首相は、離脱という国民投票結果を受けて、これからの英国は「グローバル・ブリテン」を目指すと言った。あれは決して悪くないイメージだったと思う。EUという名の閉鎖的な経済空間に閉じこもるのを止めて、どこの国ともオープンに開かれた経済を実現していく。大海原に乗り出して行く英国的海賊魂の再発見だ。

大航海時代じゃあるまいし、そんなのは時代錯誤的幻想だ、という識者は多い。だが、実をいえば、この開放性こそグローバル時代によくマッチしていると私は思う。WTOの掲げた「自由、無差別、互恵」は、本当はすべての国がそうあるべきだが、そのように行動できないところが問題だ。

ただ、メイ首相も「グローバル・ブリテン」という言葉が本来持っている意味を実現していく気合いが十分入っているのかどうかは実に疑わしい。自分が言ったことの本当の意味がわかっていなかったようだ。

英国もあるときから英国らしくなくなった。敗北の甘い香り、老大国としての英国、これを私は「老いらく(楽)の国」と名づけたが、それはダメだとマーガレット・サッチャー元首相が「成長だ、成長だ」と尻をひっぱたいた。労働組合をぶっ潰し、インフラを民営化し、証券制度改革「ビッグバン」を進めた。これが意外に上手くいって外国からの投資を呼び込むことに成功した。ただし、格差は拡がっていった。

さらに、サッチャーの路線を継承し、かつ軟弱化し幼稚化したのがトニー・ブレア元首相。彼は労働党だけれども、政策はサッチャーに似ている。アホノミクスが掲げる「クールジャパン」はブレアの「クールブリタニア」のぱくり。その頃、ダイアナ妃が世界的なブームになったこともあって、すっかり舞い上がり、オリンピックまでやってしまった。このころから落ち着いて物を考えられなくなったのではないか。

偽預言者が掲げる耳心地よいスローガンに警戒せよ

――ポピュリズムの跋扈は世界的な現象と言われていますが、民主主義、議院内閣制発祥の英国でも同様というわけですね。

その罠に陥る隙が次第に世界的な広がりを持つようになってしまっている。それが怖い。英国は大人の国のようであって、徹底的に何でもありな面もある。この面を助長する力学が巣食い始めることが心配だ。やはり格差が広がっている事が背景にある。いわゆるエリートたちと庶民の上手な共存と支え合いが英国の絶妙な二人三脚だったはずだが、そこが崩れてきている。

そういうところに、幼稚な政治家が単純にして明快なメッセージを振りかざす。ブレクジットの英国では、それがtake back controlというスローガンになった。アメリカでは「アメリカ・ファースト」。日本では「強い日本を取り戻す」とか、「世界の真ん中で輝く国創り」とか、目指すは「一億総活躍社会」だなどという国威発揚・総動員体制的な号令になる。いずれも、偽予言者が発する、耳心地よい単純なスローガンだ。

しかし、格差は成長によって解決できるわけではない。モノは有り余っているが、上手く分かち合いができていないことが問題で、必要なのは再分配だ。偽予言者はそのことを語らない。さらに、幼稚な政治家は弱虫なので、弱いものいじめや反対する人への凶暴性を発揮したりすることに注意が必要だ。ハンガリー、ポーランド、チェコ、ルーマニアでもそういう右翼的な指導者が政権を取っている。洋の東西を問わず、どうも、偽預言者の大量発生症候群が顕著だ。警戒しなければならない。

大崎 明子 東洋経済 編集委員

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おおさき あきこ / Akiko Osaki

早稲田大学政治経済学部卒。1985年東洋経済新報社入社。機械、精密機器業界などを担当後、関西支社でバブルのピークと崩壊に遇い不動産市場を取材。その後、『週刊東洋経済』編集部、『オール投資』編集部、証券・保険・銀行業界の担当を経て『金融ビジネス』編集長。一橋大学大学院国際企業戦略研究科(経営法務)修士。現在は、金融市場全般と地方銀行をウォッチする一方、マクロ経済を担当。

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