ビジネスに「世界史の教養」が不可欠な根本理由 「最強のリベラルアーツ=世界史」の学び方

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グローバル化を踏まえて、世界史をまるごと通史で俯瞰し直すような作品や、ベストセラーになった『サピエンス全史』などのように、生物としての人間の進化の歴史に位置づけ直して人類史を未来にまで延長して描く枠組みを提起する作品が広く読まれているのは、こうした深い次元での世界史の枠組みへの関心、つまり「世界史のリテラシー」を鍛え直したいという願望が読者の皆さんに潜在的に共有されているからだと思います。危機の時代とは、「世界史のリテラシー」への飢えが高まる時代なのです。

実際、「世界史のリテラシー」を持つことはビジネスでも大いにプラスになります。日本の企業人に特に強いと思うのですが、「いいものを作れば売れる」という信念のようなものがあるように思われます。でも「いいもの」って何なのでしょうか。

スペックが高いもののことでしょうか。環境に負荷をかけない製品であることでしょうか。生産工程で労働者が不当な扱いを受けていないことでしょうか。ハンディキャップを持つ人にも持たない人にも同じように使えるようデザインされたモノやサービスのことでしょうか。市場で取引される「財」のことを英語では「goods」と言いますが、何を「いいもの」として市場に出すかは、その社会にとって何が「善(=good)」であるかを発信することにほかなりません。

激しく社会が変化する危機の時代とは、要するにその社会にとって何が「善」であるかをめぐっての考え方の揺らぎが大きくなっているということです。揺らぎが大きくなると、「善」をめぐる異なる考え方の間の競合が強くなります。そういうときに、無自覚に自分が「善」だと思い込んでいる尺度のなかで、いくら「これはいいものです!」と力んでも市場には刺さりませんし、競合にもなかなか勝てないでしょう。

社会をデザインする力が重要になる

「われわれの提供する善は、あなたがたの善を包摂する、より広く新しい価値を持つものです」というメッセージを自覚的に打ち出す必要があります。突き詰めて言い換えれば、より包摂的な新しい社会をデザインする力が、ビジネスにとって本質的に重要となるわけです。

社会のなかの生きた「善」には必ず歴史があり、新しい「善」の提起が説得力を持つためにはそうした歴史を踏まえなければなりません。そこで必要となるのが、その歴史の背後にある価値観への感度、つまり「世界史のリテラシー」にほかなりません。

歴史の背後にある異なる価値観への感度を上げていくことは、社会に「善」を発信する力と本質的に連続しています。特にグローバル化が進んだ今日、異なる歴史を持つ人々との間で「善」をめぐる構想力を競うならば、「世界史のリテラシー」は必須といってもよい教養だといえるでしょう。それは歴史のトリヴィアをたくさん仕込んで、交渉相手やビジネスパートナーとのコミュニケーションに活かそうという、いわば戦術レベルの「教養」とは異なるものです。

私たちが上梓した『教養としての 世界史の学び方』は、より本質的な意味での世界史の教養のための近道を通そうとしたものです。これからの時代を作る学生の方に読んでほしいのはもちろんですが、編者としてはむしろ高いレベルでハードな実務に携わる方にこそ、直接的に価値がわかっていただけると思っています。

山下 範久 立命館大学教授

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やました のりひさ / Norihisa Yamashita

1971年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得退学。現在、立命館大学グローバル教養学部教授。専門は、歴史社会学、社会理論、世界システム論。著書に『世界システム論で読む日本』(講談社選書メチエ、2003年)、編著書に『教養としての世界史の学び方』(東洋経済新報社、2019年)、訳書にA・G・フランク『リオリエント――アジア時代のグローバル・エコノミー』(藤原書店、2000年)ほか多数。

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