しかしどの研究に投資すべきか、という問題は簡単に答えが出せるものではない。例えば「もっと日本経済に実効性がありそうな、スピンオフが期待できるITやバイオ分野の研究に集中投資すべきだ」という考え方もあるだろう。いやいや、「商業化が期待できる研究は民間企業のおカネでやればよい。税金を使うのは基礎研究であるべきだ」との意見もあろう。あるいは研究に「選択と集中」を求めるのは良いとして、それを誰が決めるべきか、どうやって公平性を担保するか、という点も大いに悩ましい。
ILCをめぐる議論はかくも奥行きが深いのだ。遺憾ながら大手メディアは、本件をほとんどフォローしてこなかった。地元紙「岩手日報」の孤軍奮闘の感さえあった。そんな中で弘兼憲史作『会長 島耕作』(週刊モーニング連載中)が、今年1月からILC問題を取り上げたことが耳目を集めた程度である。
スーパーカミオカンデの例が参考に
若干の私見を述べさせていただくと、岐阜県神岡町のスーパーカミオカンデの事例が参考になると思う。神岡鉱山の廃坑を利用して、1万2000本の光電子倍増管を並べた中に、5万トンの「純水」を湛えた実験装置がある。見学に行って驚いたのだが、地中深くにある研究室では、いろんな国から来た学生たちが1日3交代制でデータを追いかけていた。とにかく謎の素粒子ニュートリノに取り組む研究者は、神岡町に行く以外に選択肢がない。これぞ究極の先行メリットというべきで、日本が「ここにしかない」研究施設を持つ強みなのである。
スーパーカミオカンデに国の予算が下りたのは1991年、工事が完成したのは96年であった。つまりは、バブル経済で税収が上振れした時期の産物と言ってよろしかろう。そのお蔭で貴重な業績がもたらされ、小柴教授や梶田教授のノーベル賞がある。「今ではとても真似ができない」と考えるのか、それとも「少し無理をしても子孫のために夢を買っておきたい」と考えるのか。
筆者がこのILC計画を知ったのは、2011年夏、あの東日本大震災から半年後、仙台の知り合いを訪ね歩いたときである。最後に東経連さんこと東北経済連合会を訪ねたところ、「こんな話もあるんですけどねえ…」と本件を教えていただいた。
「すごく面白いじゃないですか」
「でも、おカネかかりますから。東京へ行って説明すると評判悪いです」
などというやり取りがあった。
今から思えば、あの震災から半年後の状況では、差し迫った用件が山積していて、将来に向けて夢のある話どころではなかったのだろう。現在の東経連は、このILC誘致の旗を熱心に振っている。間もなく、あれから8年目の「3/11」がめぐってくる。「結論の先送り」はそろそろ打ち止めにしたいものである。
海外の研究者たちは、引き続き日本国内の議論を待つことになりそうだ。日本学術会議は今後作成するマスタープランの中で、優先する大型の科学プロジェクトを示す。その中でILCがどのように位置づけられるかを注視するという。
仮に日本がILC誘致を辞退した場合、次世代加速器は中国に建設される公算が高い。その場合、共同研究は中国共産党の管理下に置かれるかもしれない。今では経済団体での活動がメインになっている「島耕作会長」も、その点を懸念していることを申し添えておく(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が、週末の人気レースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。
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