地元が熱心な理由は自明であろう。ILCが出来れば、全世界から2000人規模の研究者が集まってくる。家族も合わせれば5000人規模の国際研究都市が東北に誕生するだろう。そこからノーベル賞級の発見が生まれるかもしれないし、新たな産業のシーズがもたらされるかもしれない。研究施設の建設に伴う需要も相当なものになる。震災からの復興のためにも、こんなに夢のあるプロジェクトはまたとないだろう。
最大の難関は8000億円を軽く超える巨額費用
しかし世の中、フリーランチはない。最大の難関は巨額の費用が発生することだ。総額8000億円といわれる建設コストのうち、日本政府が半分以上を負担することになるだろう。建設期間は10年として、その後は年間400億円と目されるランニングコストも発生する。もっと言えば、建設費用が予算内で仕上がるという保証はない。およそリニア新幹線から辺野古海上ヘリポートまで、大型工事というものはとかく工期が遅れ、当初予算を上回るものである。引き受けるからには、それも覚悟しておくべきであろう。
このプロジェクトについて、文科省が審議を依頼した日本学術会議は昨年12月に、「現時点では誘致を支持するには至らない」との見解を示している。今回の文科省の決定も、基本的にその線に沿ったものであった。監督官庁としては、「これだけの大型研究プロジェクトは、国内の科学コミュニティーの理解や支持が得られないことには進められない」という事情があるのだろう。つまり、科学技術予算という全体のパイは限られているのだから、皆さん仲良くやってくださいよ、ということである。
ただし科学者というものは、皆さん自分の研究がいちばん大事だと思っている人たちである。日本学術会議が消極的な結論を出したのは、これだけ研究費が減って困っているときに、こんな特例の大盤振る舞いは認めたくない、という思いがあったのではないか。
変な話、日本オリンピック協会が柔道に巨額の強化費を投入することを決めたとすれば、陸上や水泳の理事さんたちはきっと面白くないだろう。すると柔道担当理事がブチ切れて、「どの競技で金メダルを獲れると思っているんだ!」などと言い出すかもしれない。考えてみれば、日本が過去にノーベル賞を獲得しているのは、湯川秀樹、朝永振一郎、小柴昌俊、益川俊英、小林誠、梶田隆章など素粒子物理学が圧倒的に多いのである。
その反面、物理学の研究はとにかくおカネがかかる。前述の日本学術会議の所見は、「人類が持つ有限のリソースに鑑みれば、高エネルギー物理学に限らず、実験施設の巨大化を前提とする研究スタイルは、いずれは持続性の限界に達する」と指摘している。アインシュタインの時代は頭の中で理論を生み出せばよかったが、今では巨大な建造物を作って実験をしないと成果が生み出せない。同会議の中で、「そんな予算があるのなら、もっと××に使わせてほしい」という意見が百出したであろうことは想像に難くない。
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