人口28人の集落で「ハラール食品」を作る事情 静岡・万瀬がインドネシア人一家を迎え入れ

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そこへもう1人の立役者、春野町に住む池谷啓さんが、インドネシア人家族がハラール食品の加工場所を探しているとの情報を持ち込んできた。東京都国立市から9年前に移住した池谷さんは、宗教関連の書籍などをまとめるのが本業だ。イスラム教にも関心を持ち、浜松市に住むインドネシア人家族の長男、ディマス・プラディさん(29歳)とインターネットを通じてやり取りを続け、ハラール食品の製造場所を探しているとの話を知った。

万瀬の食品加工場ではかつて、ヨモギ餅や五平餅、饅頭などを町での仕事を終えて帰宅した住民らで作り、出荷していた。地元の女性は「住民が少ない中で続かない部分もあった。仕事を終えて夜に作ったり、土日も休めなくなったりして自分たちだけでは行き詰まった」と話す。

池谷さんがインドネシア人家族とのやり取りを担当し、杉山さんが集落の意見集約など合意取り付けに動いた。杉山さんは「イスラム教徒が山奥の集落でハラール食品を作るという話は、住民たちにとっては月世界に着陸したような話だと思う。万瀬を残そうという活動を通じて信頼を獲得していたからこそ、私というフィルターを通して情報が伝わり、『とんでもない話』が実現することになった」と振り返る。

「少しでも未来につながることをしたい」

2月末に集落側とインドネシア人家族の間で加工場使用の契約書が交わされ、3月2日には家族や住民ら約40人が参加して、食事会が開かれた。昨年から休業している集落の飲食施設「万瀬ぼうら屋」に、久しぶりに賑やかな声が響き渡った。

インドネシア人家族が作った香辛料たっぷりのエスニック料理が並び、普段は和食一辺倒のおばあちゃんたちも、馴染みのない異国料理の数々に舌鼓を打った。「ちょっと辛かったが、おいしかった」。笑みがこぼれた。

インドネシア料理を味わう地元の女性たち(筆者撮影)

中東エリアで10年、イスラム教徒の多いイギリスのロンドンで1年暮らした筆者は、異教徒との暮らしを、身をもって体験してきた。 杉山さんが絶大な信頼を住民から得ているからこそ進んだ話ではあるが、保守的な山村に外国人たちがやってくることに不安や抵抗感はないのだろうかというのが率直な疑問だった。

住民の平野常男さん(66歳)は、「地域の状況を考えると、少しでも未来につながることをやりたい。インドネシア人一家に実際にお会いし、真剣でまじめな活動ぶり、誠実さが印象に残った」と、前に進むために決断したと説明。中野恵英さん(64歳)は「集落の名前がなくなってしまうのはつらい。少しでも集落が明るくなり、人が増えて、あわよくば、住んでもらえれば最高だ」と話す。

もともと住民たちは、集落の存続や活性化に向けた創意工夫を繰り返し、話し合いを続けてきたという素地があったことも、インドネシア人家族の受け入れにつながった要因だろうと説明する。

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