「顔を合わせたのはもう少し前です。といっても、婚約することになる3カ月前でした。東京で開かれた演奏会で彼女を知り、『うまいな』と感じたのです。
僕たち芸術家は自分がどれだけの表現ができるかが大事だと思っています。他人とではなく自分との闘いです。でも、変にカッコつけている人が多すぎる。その点、彼女は素直に演奏をしていていいなと思いました。『この人は僕と一緒にいないとダメだ』と確信して、うちに泊まり込みで練習をしにくるように誘ったのです」
すごい自信である。一方の亜紀さんも和彦さんの演奏と考え方に強く惹かれていたと明かす。
「子どもの頃から憧れていた楽器で、群れずに演奏を磨くものだと思っていた。でも、実際はそうでもありませんでした。孤独な楽器だと思っていたのに……。だから、一匹狼の彼が好きになったのだと思います。最初から『この人と結婚するだろうな』という直感がありました」
神様の「お告げ」だと、洗脳に近いプロポーズ
だからこそ、出会ったばかりの年上男性の家に泊まり込みで練習をしに行く気持ちになったのだろう。最初の2日間は別々の部屋で寝泊まりしていたが、3日目には溶け合うようになった。すかさず和彦さんは近所の神社にお参りに行き、神様の「お告げ」を聞く。2人は結婚してもいいらしい。ホントかよ……。
「彼女にお告げを伝えて、『僕たちは結婚していいらしいよ。どうする?』と聞いたら、承諾してくれました」
快諾はしたものの亜紀さんには迷いがあった。あまりに性急すぎるし、遠距離恋愛中の恋人もいたからだ。しかし、神様も巻き込んだ和彦さんの押しは止まらない。
「神様に言っちゃったから進むしかないよ。考えたらダメ、感じるんだ。他人に相談したらダメ、確実に反対されるから。結婚することをまず決めて、彼氏と両親を説得しなさい」
ほとんど洗脳に近いプロポーズである。しかし、亜紀さんは自ら選んで厳しい音楽の道を歩んできた女性で、当時32歳。結婚の自己決定をするのに早すぎる年齢ではない。
「自分の直感で結婚をしたので、もしダメになっても後悔はしません。いつか誰かと結婚したいとは思っていましたが、当時の彼氏との結婚は考えられませんでした」
亜紀さんは東京で教室を持っていて、生活費を稼ぐためにアルバイトもしていた。すぐに辞めて関西に引っ越すわけにはいかない。和彦さんが上京し、亜紀さんが一人暮らしをしていた6畳一間の部屋で2カ月ほど同棲をした。すごく心地よくて楽しかったと2人は口をそろえる。さまざまな面での相性がよかったのだろう。
問題は周囲への説得である。まずは遠距離恋愛をしていた9歳年上の恋人に謝らなければならない。亜紀さんは恋人に内緒で和彦さんの家に泊まり、結婚の約束までして、すでに同棲しているのだ。弁解はできない。
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