我慢と自己犠牲を美化する教育勅語のヤバさ 教育勅語が復活すれば子どもが追い込まれる

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「特別の教科 道徳」について、文部科学省は「学習指導要領解説」の中で、「特定の価値観を児童に押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育の目指す方向の対極にある」「多様な価値観の、時に対立がある場合を含めて、自立した個人として、また、国家・社会の形成者としてよりよく生きるために道徳的価値に向き合い、いかに生きるべきかを自ら考え続ける姿勢こそ道徳教育が求めるものである」「答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童が自分自身の問題と捉え、向き合う『考える道徳』、『議論する道徳』へと転換を図る」と説明している。

また、「多様な価値観の存在を前提にして、他者と対話したり協働したりしながら、物事を多面的・多角的に考えること」を求め、「価値観を一方的に教え込んだり……した授業展開とならないよう」にも求めている。「二つの概念が互いに矛盾、対立しているという二項対立の物事を取り扱う」工夫や「迷いや葛藤を大切にした展開」「批判的な見方を含めた展開」などの工夫も求めている。

このような文部科学省の姿勢は、個人の尊厳から出発する憲法の精神に合致し、思想・良心の自由とも矛盾しないと考えられる。「自ら学び、自ら考える力を育てる」という30年来の方針の線に沿っており、今回の学習指導要領改訂が目指すアクティブ・ラーニング(主体的、対話的で深い学び)の方向性にも合致する。

もはや教育ではなく洗脳

ところが、実際の検定教科書を見てみると、「考え、議論する道徳」のための教材だとは到底考えられないような読み物であふれている。

一例を挙げれば、2018年4月から小学校で使われている8社の教科書のうちの1つ、教育出版の教科書「小学どうとく」には、「れいぎ正しいあいさつ」と題する教材が載っている。「つぎのうち、れいぎ正しいあいさつはどのあいさつでしょうか。」と設問を掲げ、3つの選択肢が示されている。

(1)「おはようございます。」といいながらおじぎをする。
(2)「おはようございます。」といったあとでおじぎをする。
(3)おじぎをしたあと「おはようございます。」という。

正解は2、1と3は不正解、だそうだ。

この教科書の監修に当った貝塚茂樹武蔵野大学教授によれば、正解の2は「語先後礼」という礼儀の基本に沿ったものなのだそうだ。私は60年以上日本の国で生きてきたが、「語先後礼」という言葉は初めて聞いた。

貝塚氏によれば、このことは明治時代に文部省が刊行した「小学校作法教授要綱」以来の基本なのだそうだ。しかし、あいさつの仕方について「これが正解だ」と教えることは、子どもたちを1つの型にはめ込む指導であり、子どもたちの主体性を育てるどころか、それを阻害してしまうことになるだろう。文部科学省が求める「考え、議論する道徳」とは正反対の教材だと言わざるをえない。

ちなみに、中央教育審議会の専門委員を務め、文部科学省の「道徳教育の充実に関する懇談会」の委員でもあった貝塚氏は、日本教育再生機構(2006年に「新しい歴史教科書をつくる会」から分かれて発足した団体)の理事を務めるなど、日本会議系といわれる学者だ。

貝塚氏は、「考えたり、議論するという過程を経なければ、自分の問題として道徳的価値を自覚し、内面化できない」(『特別の教科道徳Q&A』ミネルヴァ書房、2016)と言うが、彼が言う「考え、議論する道徳」は、それ「自体が目的なのではなく、道徳的諸価値を“自覚”するための方法である」(『「考え、議論する道徳」を実現する!』図書文化、2017)と言う。

彼の論においては、道徳的価値は絶対的なものとして子どもたちの「外」にあり、それを「考え、議論する」という方法によって「自覚」させ「内面化」させることが道徳教育なのだということになる。「考え、議論する」過程を経ることにより、子どもたちは外から注入される価値を、あたかも自ら見いだした価値であるかのように思い込む。

これは、単なる教え込みよりもさらに巧妙な教化であり、洗脳といっても過言ではない。

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