日本の大学の医学部教育は何が問題なのか? 医療介護の一体改革に立ちはだかる大きな壁

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これが報告された医師需給分科会では、手挙げ方式というのは、地域枠という名目で入学定員を水増ししたズルなのではないか、詐欺のような話ではないかとの声も出ていた。そして、この件に関して、メディアは医学部の問題であるように報道していた。

この点、私は、会議で次のように発言していた。「この中で社会科学者は私1人だけなのですけれども、おそらく医学部が偏差値を守ろうとするシステムを考えていくと、こういうもの(手挙げ方式)が生まれてくるのだろうと思います」。

医師の養成問題と医療介護の一体改革

臨時定員増として認められた地域枠を、閣議決定をも経た政策の目的に沿うように執行していく責任は、会議の中で「文部科学省がきちんと精査する義務があると思います」との意見もあったように、文科省にある。文科省も、「これまで私どもはフォローアップをきちんとやっておりませんでした。そこは私どもが至らなかった部分だと思っております」と答えている。

ただし医師需給分科会に出席している文科省担当者に、どうして地域枠が目的外の使われ方をしたのかという質問がなされたとき、文科省担当者は、「大学の自治」という言葉を使って答えていた。

このあたり、いったい何が起こっているのかを理解するためには、どういうふうにひもといていけばいいのか。この問題を理解するためには、今、医療が大きく転換しようとしていることを押さえておく必要があるようにも思える。

まず、この国――というよりも、世界中の先進国は、従来の医療から高齢社会に向けた医療に変わろうと努力していること、そのために、高齢社会ゆえの医療ニーズに見合った提供体制の改革を行っていることをスタートとして押さえておこう。

この改革は、日本流の言葉、つまり2013年に医療改革のビジョンを示した『社会保障制度改革国民会議』の中での表現を用いれば、病院で治す「病院完結型医療」から、地域で治し支える「地域完結型医療」への転換である。

地域完結型医療では、医療そのものが、単に治癒することを目的とするのではなく、複数の疾患を抱えた人たちのQOL(生活の質)の維持向上を図ることが目的となり、その先には、QOD(死に向かう医療の質)を高める目的も視界に入ってくる。すなわち、そこでの医療では、死は敗北などではない。

そしてそうした医療は、実のところ医療と介護の境界はなく、医療介護の一体改革が必要となってくる。そうした方向に、かつて主流であった「病院完結型医療」という性質を強く残す日本の医療を改革していくことを主導しているのは、厚労省である。ところが、医療を担う医師の養成は文科省の管轄下にある。実は、このあたりの矛盾が、今回の問題の根底にあるとも言えるのである。

たとえば、先に紹介している私の発言のように、医学部が偏差値を守ろうとする、つまり、企業が利潤極大化行動を取り、消費者が効用極大化行動を取るように、医学部が偏差値極大化行動を取るとする。そうした行動を取る医学部に、地域枠という名前で増員枠を利用できることを伝えるだけであれば、医学部は、「手挙げ方式」のような偏差値に影響を与えない方法を編み出すことは予測できる。

しかしそうした方法では、地域枠によって医師の地域定着を図るという政策目標を満たすことが難しいことも事前にわかるはずである。ゆえに、文科省が、地域枠の増員を決めた法律の目的を果たすためには、相当の行政努力が必要であったはずである。ところが、そうした行政責任を持つ文科省は、この国の医療が今、地域で治し支える地域完結型医療に変わろうとしていることに、関心と、ひょっとすると知識がないのかもしれない。

そうなると、医療と介護の一体的改革を進め、日本の医療を、ニーズに見合うように地域完結型医療に変えていくためには、医学教育の責任者も、大きく変わらなければならないところに来ているのではないかということになる。

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