”ポスト・ゲイツ”の前途多難《特集マイクロソフト》
そもそもマイクロソフトはなぜ独占的な地位を築くことができたのだろうか。
その最大の秘密は、マイクロソフトは自らの身の丈が小さかった時期に、つねに業界第1位の企業に従っていた点にあると思う。米国ではIBMには絶対服従、日本ではNECに絶対服従であった。面従腹背ではあったが、これによりつねに業界の主導権を握れる強さがあった。
製品戦略では業界第1位の製品を徹底的に模倣した。MS-DOSはディジタル・リサーチのCP/M、ウィンドウズはマッキントッシュ、インターネットエクスプローラーはネットスケープ・コミュニケーションズのネットスケープナビゲータのまねであった。アプリケーションでは、ワードはワードパーフェクト、エクセルはロータス1-2-3、ネットワークはノベルのネットウエアの模倣であった。徹底的な模倣を行い、それを互換として自慢にしていた時期すらあった。
アプリケーションはつねに2位に甘んじていた時期もある。しかし、マイクロソフトはいったん模倣が完成すると、資本力に物を言わせて、大量宣伝を実施し、価格設定を非常に低く抑えて人気を獲得し、1位の製品に接近した。接近が成功し互角になってくると、OSを押さえている強さを利用してOSのインターフェースを変更。対応に戸惑っている間にライバルを駆逐した。
マイクロソフトの成功の別の要因として、モノカルチャーだった点も挙げられる。マイクロソフトの開発者はインテルのアーキテクチャーのみに一点集中した。マイクロソフト自身、その危険性はよく承知していて、他のCPU向けソフトを開発して保険をかけようとした時代もあった。ただ実際には協力会社への外注にとどまることが多かった。インテルのCPUが主流から外れることがなかったのが幸いだった。
バンドリングもマイクロソフト成功の秘密だ。バンドリングとはパソコンに事前にOSを組み込んでしまう仕組みである。現在クライアント用ウィンドウズのバンドリング販売は80%、サーバー用ウィンドウズのバンドリング販売は10%ある。バンドリングの確立により、マイクロソフトは1本ずつソフトを売る必要がない。少数の社員で、極めて効率よく収入を得られるようになった。
後継者は見当たらず それでも安泰な理由
94年1月1日、ゲイツはメリンダ・フレンチと結婚した。この結婚はゲイツを大きく変えたようだ。06年7月、ゲイツは2年後にマイクロソフトの第一線から引退することを表明。ビル&メリンダ・ゲイツ財団での活動を中心に据え、世界の健康と教育の課題に取り組み始めた。
しかし、本心なのかどうか多少疑問に思う。家族のためにも独占禁止法訴訟の中で確立した悪の帝国というラベルを慈善という溶剤で剥がそうとしているだけではないか。歴史的にもロックフェラーやアンドリュー・カーネギーらは慈善事業により、過去の罪を償おうとしている。
目下の問題はゲイツの後継者問題だ。現在のマイクロソフトの米国本社の役員の最近のすべての講演録とビデオを見直してみたが、誰もゲイツの後継者として力量不足のように思う。最高経営責任者バルマーは確かに優秀な経営者だが、叫んでいるだけの応援団だ。ゲイツ自身は当面の後継として、最高ソフトウエア責任者のレイ・オジーと、研究および最高研究戦略責任者のクレイグ・マンディを指名しているが、2人とも若くはない。ゲイツのようなカリスマ性もない。
絶対的なリーダーを欠いた状態でもマイクロソフトが安泰なのは、多少の失敗があっても揺るがないOSの独占の強さがあるためだ。08年度マイクロソフトは全世界でウィンドウズビスタを1億8000万本売ったが、いま一つ評判がよくない。周辺機器が動かないという苦情も多かった。それでもマイクロソフトは揺るがない。
08年10月、開発者を集めたイベントの中でビスタの後継OSウィンドウズ7を発表。ビスタの欠点を補うとともに、アップルなど他社が取り組んでいる内容を盛り込むことで、新しさをアピールしようとしている。が、マイクロソフト発の新しい革新的な機能やサービスはない。それであっても揺るがないのだから、ゲイツのつくったビジネスモデルは実に強力といえる。
そうこうしているうちに、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンの創業したグーグルはものすごい勢いで伸びた。検索サービスで第1位。MSNを大きく引き離している。社員に博士号取得者が多く、若い学生が働きたい会社として人気がある。真顔でマイクロソフトの時代は終わり、グーグルの時代に移り変わったという人もいる。
確かにグーグルは次々に新機軸を打ち出してきている。少し抜き出してみてもコンセプトとしてのクラウドコンピューティング、新しい携帯電話の規格であるアンドロイド、そしてグーグルアース、ストリートビュー、Gメール、買収したユーチューブなど、まばゆいばかりである。だが、この多くはまだ可能性の段階であり、収入に直結しているわけではない。
そこに襲ったのが、米国の金融危機に端を発した世界的な景気後退の流れである。グーグルはモノカルチャーであり、収入のほとんどをテキスト広告に頼っている。広告は景気動向の影響をモロに受ける可能性がある。こうなるとマイクロソフトは、ポスト・ゲイツの不安を抱えながらも、依然として強い立場を維持できるのかもしれない。=敬称略=
(週刊東洋経済)
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