駅の鉄道文字、手書きでなくても「味」はある 安全と視認性、フォントを決める本当の理由

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現在は手書き文字が駅に表示されることもなく、パソコンでフォントを指定してシートに出力し、それを貼り付けていく工程が主になってきているが、そうなると鉄道文字を追いかける魅力はなくなってしまうのだろうか。

中西さんは言う。

「どこに行ってもどこで見ても同じ文字の形をしていて、『違い』を見いだすのは難しくなります。そこにはかつての職人が決まりごとにのっとって精一杯お手本に似せて努力した跡や規程からはみ出た部分に『人』を感じることもなくなります」

その一方で、『駅の文字、電車の文字 鉄道文字の源流をたずねる』のなかで紹介されている、東京メトロ大手町駅の改修工事中の誘導サインに使われた矢印は、現代的なセンスと技術で構内に新しい風を吹き込んだ例だ。その矢印は、筆書きのように線の端に勢いのあるかすれを表現したもので、大胆な大きさで工事の囲いの仮設パネルに貼られていたのだが、デザインの斬新さとともに、圧倒的な勢いが誘導への信頼も感じさせた。

「手書き→フォント」では収まらない世界

『駅の文字、電車の文字 鉄道文字の源流をたずねる』(鉄道ジャーナル社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

「大手町はビジネス街になる以前は江戸城址を中心とした古い面影を残すエリアであったことから、当初から『和風モダンテイスト』というコンセプトがあったそうです。そこで出された10パターンほどのプランのなかから、書道用紙に一気呵成に書いたような墨色の筆矢印が採用されました。この矢印に、大手町の凜とした風格を与え、リニューアル後に駅がよくなる期待を感じさせるという思いを込めたのです」

文字だけに注目していると、『鉄道文字』を掘り下げていくのは難しくなる。しかし、その場所、その車体に合った見せ方を現在の技術で工夫し、取り組んだ結果、アイデアを出すデザイナーや、それを受けて作成する技術者たちの独自性が活かされ、その場所にしかない表示や標記が生まれていくところは見逃せない。

「鉄道という分野における『文字』は、それを取り巻く環境や掲出される場所、製法などが多岐にわたるため、単に手書き→フォントという変化だけでは収まらない、追いかけ甲斐のある文字の世界です。そこが、『されど鉄道文字』なのです」

駅の文字、電車の文字 鉄道文字の源流をたずねる』の末尾には、中西さんが約10年の間に撮りためた鉄道文字の写真が収録されている。写真を見ると、昔の歌を聴くとその時代がよみがえるように、その文字を意識せずに目にしていたころの気分が浮かび上がってくる。さらに、次々に時代に合った名曲が生まれてくるように、新しいニーズと発想が、目を見張るようなサインも生み出していく。

そのような目の付けどころを知ると、いつもの通勤や旅の途上でふと見かける文字やサインにも意識が向いて、鉄道に乗る際の新しい楽しみの1つになるのではないだろうか。

柳澤 美樹子 りゅう文章工房代表

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やなぎさわ みきこ / Mikiko Yanagisawa

「旅・食・人」をテーマとした、著述・編集業。まちづくりや交通、伝統食、神社などに関心が深い。健康・医療を中心に、インタビューなども手がける。信州、金沢、伊勢・志摩をはじめとした地域ガイド、鉄道や生活文化などを取材・執筆。著書に『鉄道廃線跡を歩く』シリーズ、『達人に学ぶ鉄道資料整理術』など。

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