西日本の「物流大動脈」山陽線の特殊な事情 急曲線と急勾配で貨物大量輸送に不向き

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最も経済的であったのは25パーミルの急勾配区間を残して複線化を図り、貨物列車の質量は1000tに抑えるという内容である。線路などの施設や車両への投資額が38億8500万円と最も少額と見込まれたのは当然のこと、年間の運転費や線路保存費まで最少となった。

理想を言えば、急勾配を10パーミルに緩和して補助機関車の連結を中止し、なおかつ大輸送力列車の運転を行うというのが最もよい。だが、投資額が104億2700万円と最も多額に上るのはよいとして、年間の経費が11億3900万円と、25パーミルで貨物列車の質量を1000tとしたときと比べて3億1700万円も余計に要する11億3900万円では勝負は明白だ。

かくして今日のいわて沼宮内―一戸間では、関門トンネルと同じEH500形交直流電気機関車が質量1000tに抑えられた貨物列車のけん引に従事している。

付け加えて言うと、いわて沼宮内―一戸間で最も急な曲線半径は400mで、八本松―瀬野間と比べて恵まれている点も新線への切り替えが実施されなかった理由の一つと考えてよい。

半径400mの曲線であれば制限速度は高性能列車は時速75km、一般列車で時速70km、ついでに振子車両の383系電車で時速95kmだ。半径600mが望ましいが、半径400mでも極端な速度の低下はないと見なされたのであろう。

急曲線も解決すべきだが…

ところで、曲線区間の線路保存費は半径が小さくなるほど、つまり急カーブになるほど増えるので、八本松―瀬野間を新線に切り替える検討材料の一つとなる。とはいえ、この区間を10パーミルの勾配の新線に切り替えると、筆者の試算でキロ程は20.3kmと、現状の10.6kmに対して9.7km増える。

表では勾配を10パーミルに改良した場合、施設だけの投資額は1km当たり2億300万円だ。この金額を企業物価指数(国内物価指数)で2017年の価格に換算すると4億700万円となり、20.3km分の総事業費は82億6200万円と見込まれる。

JR西日本の2015年度における営業キロ1km当たりの線路保存費は1963万円であった。半径300mの急曲線に起因して線路保存費がこの平均値よりどれだけ高額となるかは不明だ。

仮に1.5倍の2944万円だとしよう。差額となる981万円の20.3km分の1億9914万円で、いま挙げた82億6200万円がどのくらいの期間でつり合うかを計算すると41年5カ月余りとなった。この程度の期間であれば別に新線への切り替えは不利とならない。

もちろん、いま挙げた数値はあくまでも机上の計算であるからこそ、新線への切り替えは実施されないのであろう。かくして41年後も八本松―瀬野間を行く上りの貨物列車には補助機関車が連結されている可能性が濃厚だ。

梅原 淳 鉄道ジャーナリスト

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うめはら じゅん / Jun Umehara

1965年生まれ。三井銀行(現・三井住友銀行)、月刊『鉄道ファン』編集部などを経て、2000年に独立。著書多数。

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