AI時代のいま「哲学者」は何を語っているのか 「語り方」そのものが語られている理由

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ここには翻訳の問題も当然入ってきます。翻訳はもはや二次的なものではありません。強い言い方ですと、たとえば「翻訳こそが倫理だ」という言い方も登場しています。

複数性や多元性を尊重する社会をよりよく生きるためにも、翻訳の問題は避けて通ることはできません。言語を通じて、たとえば倫理の問題、社会の問題、政治の問題を考えなければならないということです。本の中にも登場していますが、藤井聡太さんの例のような「将棋と日本語のバイリンガル」のような興味深い問題も考えることができます。

ポスト世俗化で問われる「倫理」

最後の倫理ですが、「ポスト世俗化社会」と言われている時代において、宗教が復興している中で、どう倫理を語り直すかということを問いかけました。そもそも、近代的な倫理は、宗教が公共空間から退いた後に登場したもので、神なしに規範を構築しようとしたものです。その際、人間や社会、さらには国家が倫理と結び付くことになり、極端な場合は国民道徳や国民倫理という形を取りました。

ところがいま宗教が戻ってき始めたわけですから、もう一度より強い規範を語る言説と対峙し直さなければなりません。はたして、倫理を語るチャンスはまだ残されているのでしょうか。

しかも、倫理の語り方は、倫理学が扱う倫理だけではなく、研究倫理ですとか、医療倫理、生命倫理ですとか、異なるジャンルでも問われているわけです。その場合、倫理は単なるお説教とかではなく、倫理を通じてその分野がどうすればより豊かになるのかという実践に直結もしているわけです。倫理を語る場所が大きく変容してきている中で、倫理をどう語るのか。これを考えたかったのです。

――いま話題の哲学者マルクス・ガブリエルも「存在」や「倫理」を語っています。

4つのテーマをそれぞれの窓として、世界を覗いて見ると、世界もまた新しい相貌を示してきます。無論、最近話題のマルクス・ガブリエルのように、存在者と同じ仕方では、世界は存在しないという言い方もあります。それは、世界という強力な全体を設定して、安易に意味を保証するような言説への対抗だと思います。

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それでも、世界が問われるべきものとして現れているのは確かです。世界史や世界文学、さらには世界哲学といった試みも登場してきています。世界に対する別様の語り方を、わたしたちが発明することができれば、それは新しい知のあり方から、さらには新しい社会的想像力に寄与するのではないでしょうか。

それを、今回は、4つの窓から見てみたわけです。それは、わたしたちがこれまで自明だと思ってきた概念を揺さぶることになります。

概念にも歴史がありますから、その歴史を踏まえながら揺さぶってみる。しかもそれをいろいろなジャンル、異なる領域から揺さぶってみると、いろいろな間や可能性が見えてくるわけです。「混ぜるな危険」ではなく、「混ぜなくては危険」ということが、来るべき横断的な学問の標語になることを期待したいと思います。

(聞き手:東洋経済新報社出版局)

中島 隆博 東京大学東洋文化研究所教授

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なかじま たかひろ / Takahiro Nakajima

1964年生まれ。専門は中国哲学、比較哲学。主な著書に『共生のプラクシス-国家と宗教』(東京大学出版会、2011年、和辻哲郎文化賞受賞)、『ヒューマニティーズ 哲学』(岩波書店、2009年)、『思想としての言語』(岩波書店、2017年)など。

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