混迷する世界で問われるオバマのリーダーシップ--ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授
オバマ次期大統領が直面する課題の一つに、米国のパワーの将来に影を落としている金融危機がある。『ファーイースタン・エコノミック・レビュー』誌は「ウォール街の崩壊は世界的な構造変化を予兆している。すなわち米国のパワーの衰退である」と書いている。ロシアのメドベージェフ大統領は、金融危機を米国の世界的な指導力の終焉の兆候だと見ている。ベネズエラのチャベス大統領は、今や北京のほうがニューヨークよりも重要であると宣言している。
しかし米国の金融パワーの象徴であるドル相場は、下落するよりも上昇している。IMFの前チーフエコノミストのケネス・ロゴフ・ハーバード大教授は「皮肉にも私たちが深刻な間違いを犯したにもかかわらず外国人は米国におカネを注ぎ込んでいる。外国人は米国の問題処理能力を信頼しているようだ」と語っている。
かつて「米国がくしゃみをすれば、世界は風邪をひく」と言われていた。最近では中国や産油国が台頭したことで、米国経済が低迷しても世界経済には影響が及ばないと言われていた。しかし米国が金融風邪をひいたら他の国も風邪にかかってしまった。多くの海外の指導者は、最初は他国の不幸を喜んでいたのが、今では不安感を抱き始め、安全な米財務省証券への投資を増やしている。
危機は時に常識を覆すことがある。今回の危機は、予想に反して、米国経済の強さが健在であることを明らかにした。米国の銀行の業績不振や政府規制の失敗によって、米国の経済モデルの魅力を訴えるソフトパワーは大きく損なわれた。しかし1990年代の日本と比べれば、その打撃は致命的なものではない。世界経済フォーラムは、米国は労働市場の弾力性と高い教育水準、政治的安定性、革新に対する前向きな姿勢を持っていることから最も競争力のある国と評価している。
もっと大きな問題は、米国のパワーが長期的にどうなるかである。米国の国家情報会議が2025年の世界を予想した調査では、米国の影響力は“大幅に減退”し、米国が優位性を維持してきた軍事力でも重要性が低下すると予測されている。
パワーは状況によって決まる。現在の世界のパワーの配分は複雑な3次元チェスに似ている。いちばん上のチェス盤にある軍事力は一極体制で、その状況は当分続くだろう。その下の盤にある経済力は米国、欧州、日本、中国の多極構造になっている。
いちばん下のチェス盤は政府の管理が及ばない超国家的領域である。そこには国家予算を超える資金を一瞬にして送金する銀行家からテロリスト、インターネットを攪乱するハッカーまで存在している。また疫病や気候変動といった課題も含まれている。この盤ではパワーは分散されて、一極性や多極性、覇権について議論しても意味がない。