戦前財閥の企業買収は洗練された戦略だった

三井財閥のM&Aに学ぶファンドマネジメント

プロジェクトは、「発案」「承認」「実行」「監視」という4つのプロセスに区分できる。事業規模が小さければ、4つのプロセスいずれも単一の主体が引き受ければよい。ところが、資産規模や従業員が大きくなればそれが難しくなる。

そこで分業のメリットを生かし、「発案・実行」(プロジェクトの中身に関わるプロセス)は経営者が引き受け、「承認・監視」(プロジェクトを外側から評価するプロセス)は株主が引き受ける。このように役割を分担すれば円滑に進む(参考)。

こうした理論的な把握を切り口としてみると、財閥の持株会社は承認・監視役として傘下企業の経営に関与していたものと解釈できる。

過去の史実と現代の経済

「所有と経営(コントロール)の分離」という役割分担において、財閥は有能な人材を経営者に迎えられる有利な条件を備えていた。学閥あるいは政治家による仲介を利用することができたのである(参考)。

経営者側からすれば、経営不振に陥ろうものなら、学閥内での評価を下げる、もしくは仲介役の政治家の顔に泥を塗ることになる。こうしたアドバンテージを手にしながら、財閥家族は経営者に対する強い発言力を行使しつつ、「承認・監視」の役に徹することができた[2]。こうしたガバナンスは、財閥傘下の株式会社が、同一産業内で高い収益性パフォーマンスを誇ることができたという帰結をもたらした。

筆者の著書『日本史で学ぶ経済学』(東洋経済新報社)では、過去の史実と現代の経済問題に密接な関係を見出している(書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします)

ただし、財閥は恨まれ役となった。1932(昭和7)年3月、三井合名理事長の団琢磨がテロ組織血盟団の一員に暗殺されたことは、象徴的な事件であった。

第二次大戦後、GHQによる財閥解体事業で持株会社は整理される。戦後の経済史研究において、財閥は独占資本の典型として批判対象となることも少なくなかった。片や近年では、資本市場の活性化、あるいは中小企業の事業承継などでM&Aの積極的意義が見直されている。

B2Bのありかたやグループ編成は今、プラットフォーム・ビジネスの進展を通じて転換期を迎えている。企業間関係を考える参考材料として、財閥のM&A戦略を今一度学び直してみるのもいいだろう。

参考文献
[1] 岩崎宏之(1980)「第九章 三井合名会社の成立」三井文庫編『三井事業史本篇第二巻』、三井文庫.
[2]岡崎哲二(2012)「経営者,社外取締役と大株主は本当は何をしていたか?——東京海上・大正海上の企業統治と三菱・三井」『三菱資料館論集』第13号,67-84頁.
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