JR西「恐怖の研修」は変わらぬ体質の象徴だ あの「福知山線脱線事故」から何を学んだのか

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だが、その理念や制度が、支社や職種など現場レベルの事故防止策や社員研修にまで正しく落とし込まれているか、日々の業務の中にどこまで生かされているかとなれば、まだまだ不十分と言わざるをえない。長年培われてきた組織や集団の文化とは、かくも根深く、これを根底から改めるには相当な時間がかかるというのが、同社を取材してきた実感である。

「時速300km体感研修」から見える問題点

たとえば今年8月24日、毎日新聞がこんな記事を報じた。

〈JR西 新幹線300キロ体感 トンネル内で座らせ研修〉

新幹線の車両検査を行う博多総合車両所などが、トンネル内で新幹線の風圧を体感させる研修を行っていた。

対象は、通常業務では線路内に立ち入らない車両検査の社員たち。上りと下りの線路の間にある深さ1mの通路に入ってうずくまり、頭上間近を新幹線が最高時速300kmで通過してゆくのを体感する。2015年にトンネル内で起きた部品落下事故を受けて始まり、これまでに24回、計190人が受けた。恐怖や危険性を訴え、中止を求める声が上がっていたが、会社は応じてこなかったという。

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きっかけになった事故は、『軌道』にも概要を記した。こんな内容だ。

山陽新幹線の側フサギ板落下(2015年8月8日)小倉─博多間のトンネル内を走行中、車両床下の機器を覆う外部の側フサギ板(カバー)が落下。車体の側面数カ所に当たった後、トンネル上部の架線に接触して停電。車体への衝撃で乗客1人が軽傷を負った。この列車は直前に走行試験をしており、その際に側フサギ板を取り付け直したが、通常の検査担当者とは異なるチームが作業したため、手順や確認が不十分だった〉

事故の原因となった作業手順ミスを改めるのに、なぜ「300km/h近接体感研修」なのか。現場では「車両検査の重要性を再認識するため」と説明されていたが、まったく理路がつながらない。同紙の記事では、ヒューマンエラー論の中村隆宏・関西大学教授が「インパクトがある経験で人間は変わるという前提かもしれないが、そんな簡単にヒューマンエラーはなくならない。トンネル内で体感することと、検査の重要性を実感することは、ステップが離れすぎている」と指摘している。

ミスを犯した者に厳しく懲罰を課す「見せしめ」的な精神論が今も根強いのではないか──。これを読んだ時、私はまず思った。記事もそういうトーンで書かれている。だが、取材していくと、どうやらそれだけではなさそうだった。

中村教授が同記事で語っているが、労災防止のため、疑似的に危険を体感させる安全教育は一般的に行われている。JR西も福知山線事故後、精神論的な机上教育から脱し、「体感」を重視してきた。2015年には大阪府吹田市に「安全体感棟」を作り、駅や踏切などの模擬施設、シミュレーターやVRを使って、さまざまな鉄道事故と労災の防止策を学ばせている。

近くの吹田駅構内には「速度体感ゾーン」があり、研修コースに組み込まれている。線路のすぐ脇に設けた低い柵の内側に社員たちが並んで立ち、特急や新快速が時速100~120kmで通過してゆく状況を間近で体感する。博多の新幹線研修と似た発想に思えるが、この研修を発案した安全推進部の担当者は、目的をこう説明する。

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