アドビが「アップルとの仲」を強調する事情 Adobe MAXで「iPad用アプリ」を発表

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アップルとアドビは、アニメーションスタジオのピクサーを加え、デバイス、ソフトウエアプラットフォーム、クリエーティブ環境、ファイル流通と、ARの環境整備を急速に進めてきた。なにより、2015年に発売されたiPhone 6sに遡って、ARアプリを実現できる「対応しうる人口」は、VRを圧倒する。

アドビは、将来にわたってクリエーティブの核となる製品としてAdobe XDを置いている(参考記事:アドビ「働き方を変える」新しいアプリの正体)。同時にARについても、これまでのアドビのクリエーティブ製品やそれによって作られた作品をARコンテンツとして、ワンボタンの操作で活用できるようになり、アウトプット先として重要なポジションを占めることになる。すでに、現実とARの見分けがつかないレベルでの品質を実現している。

パラスニス氏は、「新しいメディアの大衆化を行う会社」というポジションを確保してきたアドビは、より社会的インパクトの大きなイマーシブメディアとしてARを選ぶ意思決定をしており、同じアイデアを持つアップルと緊密な連携を取っていく自然な流れとなっている。

「クリエーティブ教育」という共通項

これはアドビのエグゼクティブへのインタビューでは触れられていなかったが、もう1つ、アドビがアップルと歩調を合わせている点があった。それはクリエーティブ教育だ。

アドビのCEO、シャンタヌ・ナラヤン氏は基調講演で、クリエーティブ教育に関する取り組みを挙げた。ナラヤン氏は「特にテクノロジーとデジタルスキルの教育にアクセスできない若者たちは、残りの人生で不利益を被る」と強調した。そのため、アドビはクリエーティブツールをあらゆる人々にとってより身近な存在にする方針を掲げた。

インドでは、すべての子どもたちに対して、アプリやウェブで高い品質のクリエーティブを実現する「Adobe Spark」を無償で提供した。これを世界中の学生に拡大する意向だ。

アップルは2018年3月にシカゴの学校で開催したイベントで、コードに続いてクリエーティブについてのカリキュラムとアプリを無償で提供する「Everyone Can Create」を発表し、9月の新学期からアメリカ向けに提供を始めた。デジタルデバイスとクリエーティブツールを組み合わせ、美術以外の一般教科で、創造力と表現をツールとして活用する学びを拡大させようとしている。

アドビにとっては将来のCreative Cloudユーザーを育むことになり、アップルにとってはiPadを起点としてアップルのエコシステムへ呼び込むための投資と言える。長期的なビジネスの視点で言えば、教育はつねに、そうした役割を果たしてきた。

しかし社会が変化し、メディアが変化している現代において、アドビとアップルのクリエーティブ教育に対する注目と取り組みは、非常に重要なものだ。これにいち早く気づいた家庭や学校、国家がクリエーティブ教育を取り入れることで、クリエーティブはアドバンテージからスタンダードへとなっていく。

それでは、我が家で、あるいは自分の学校の生徒たちが、将来の不利益を被らないためにはどうすればよいのか。日本に住むわれわれも、今すぐに考え、行動を取るべき時が来ているのではないだろうか。

松村 太郎 ジャーナリスト

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まつむら たろう / Taro Matsumura

1980年生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科卒。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。著書に『LinkedInスタートブック』(日経BP)、『スマートフォン新時代』(NTT出版)、監訳に『「ソーシャルラーニング」入門』(日経BP)など。

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