サウジ「密室での惨事」に残るこれだけのナゾ それでも事件はアメリカ主導で収束に向かう

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「まさか殺されると思っていなかった」というのが主な理由だ。次にカショギ氏の婚約者とされるトルコ人女性の存在。トルコは1923年の建国以来、建国の指導者アタ・チュルクがイスラム教を捨て、徹底した西欧化を進めた。婚姻を規定する法律もイスラム法ではなく、日本が明治維新にあたって採用したフランス民法の派生であるスイス民法を採用したが、中身はほぼ同じだ。したがって、イスラム法が認める「一夫多妻」は、トルコでは許されない。

つまり、カショギ氏がリスク覚悟で総領事館に行ったのも、独身である証明書を得て、婚姻の手続きを整えて婚約者に妻の地位を与えるためだった、と推測される。

第二に、なぜ殺害がばれたのか、という疑問がある。カショギ氏が総領事館に入った際、トルコ人婚約者は外で待っていた。

トルコがリークしたストーリーはこうだ。総領事館内にいるカショギ氏と、外にいる婚約者のスマートフォンが”同期”して、証拠が残ったからだとされる。カショギ氏の持つApple Watchが婚約者のスマホに音声データを残したというものだ。サウジから派遣された暗殺者が気づき、殺害したカショギ氏の指をApple Watchに当てて、指紋認証で操作を消したという、まるで現場を見てきたかのような報道もある。

この説は興味深いが、Wi-Fiを使わない限り、あの距離ではスマホの同期は無理だろう。報道したのがトルコ紙というのも気になる。

サウジに落としどころを与えたトランプ氏

それでも、10月15日以降、ジャーナリスト殺害事件は、急速に収束に向かいつつある。

当初は総領事館内での殺害事件を認めなかったサウジアラビアだが、事件の処理がムハンマド皇太子からサルマン国王に移った。まず10月14日にサルマン国王がトルコのエルドアン大統領に電話を入れたが、おそらくそこでは”息子の不祥事”にわびを入れ、円満な解決を要請したと推測される。

その後サルマン国王は、殺害事件について完全で透明な調査を指示し、10月15日から16日にかけて、トルコとサウジアラビアによる総領事館の調査と証拠品押収が実施された。サウジアラビア領内である総領事館に、トルコの捜索が入る自体、異例だ。

一方で、サウジアラビアとは親密なアメリカのトランプ大統領は、ツイッターで「殺害はならず者の仕業に違いない」とつぶやいた。結局、サウジアラビアによる組織的犯罪ではないという認識を示して、落としどころを与えたとも言える。

10月16日には、アメリカのポンペオ国務長官がサウジアラビアを訪問し、サルマン国王およびムハンマド皇太子と会談。それからポンペオ国務長官はトルコを訪問した。

事件の収束はきっと次のようなものになるだろう。

サウジアラビアは総領事館内でカショギが死亡した事実は認める。ただし、ムハンマド皇太子が指示した暗殺部隊による組織的な行為ではなく、トランプ大統領が示唆するように「ならず者」による”偶発的な不幸な事件”で決着する。

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