安倍政権を断じて「保守と呼べない」根本理由

80年代を境に「別物」になった戦後の保守論壇

――革新勢力が政権を牛耳るというのは、戦前の日本でも見られたことです。中島さんは『保守と大東亜戦争』(集英社新書)で、戦前の日本では革新勢力が大きな力を持ち、日本を戦争に導いていったと指摘しています。

中島:日本では1920~1930年代にかけて天皇主義を掲げる革新勢力が台頭し、次々とテロやクーデター事件を引き起こしました。安田善次郎暗殺や原敬暗殺、浜口雄幸襲撃、血盟団事件、五・一五事件、二・二六事件などです。これらは昭和維新運動と呼ばれています。

昭和維新運動の目的は「一君万民」社会を実現することでした。一君万民とは、天皇のもと、すべての国民は一般化され、平等化されるという考え方です。しかし、現実の社会ではこの理想はまったく実現していませんでした。当時の日本でも人々は貧困や格差に苦しみ、国民同士の争いが絶えなかったのです。

彼らはその原因を「君側の奸」に見いだします。「君側の奸」とは、「君主のそばに仕える悪臣」という意味です。具体的に言うと、天皇の大御心を阻害する政治家や官僚、財閥などのことです。そこで、彼らはこうした要人たちを暗殺しようと考えたのです。

これは非常にラディカルで革新主義的な考え方です。保守にとっては決して容認できるものではありません。保守が革命のような急進的変化を嫌うのは、ラディカルなものの中に理性への過信を読み取るからです。

しかし、戦前の日本では保守思想があまりにも脆弱だったため、こうした革新勢力の動きを食い止めることができませんでした。この点を強調しているのが鶴見俊輔です。鶴見は、もし戦前の日本に本来の保守思想が根づいていれば、保守主義のほうから青島出兵などに反対する声が出てきたはずだ、と述べています。つまり、保守が戦争を推進したのではなく、保守が弱かったことが戦争を招いたということです。

戦争を知らない保守論客たちの登場

――しかし、現在の保守論客たちは、戦前の日本や大東亜戦争を肯定的に論じています。この矛盾をどう説明すればいいでしょうか。

中島:それには世代の問題が関係しています。私が『保守と大東亜戦争』で取り上げた保守論客たちの多くは、大東亜戦争開戦を20歳以上で迎えています。

中島岳志(なかじま たけし)/1975年大阪府生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、現在は東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『ナショナリズムと宗教』『インドの時代』ほか(撮影:山下みどり)

たとえば、哲学者の田中美知太郎は39歳、文藝春秋の第3代社長で『諸君!』の創設者である池島信平は31歳、文芸批評家の福田恆存は29歳、のちに第3代防衛大学校長になる猪木正道は27歳、『アーロン収容所』の著者である会田雄次は25歳です。『「空気」の研究』の著者である山本七平は、20歳を10日後に控えた19歳11カ月でした。

彼らは戦前・戦中の極端な言論統制や、軍隊内における壮絶な暴力、あるいは過酷な戦場を経験しています。それが戦後の言論活動の土台になっていました。

しかし、彼らが1980年代から1990年代にかけて一線を退くようになると、保守論壇では世代交代が起こります。

次の世代の論客たちは、幼少期から少年・少女期に大東亜戦争を経験した人たちでした。たとえば、渡部昇一は大東亜戦争開戦当時は11歳、石原慎太郎は9歳、西尾幹二はわずか6歳でした。

もちろん彼らも空襲や疎開は経験していると思います。しかし、戦争を主体的に体験したとは言えません。大東亜戦争開戦時に10歳前後でしかなかった子供たちが、当時の状況や風潮に対して主体的な認識を持つことなど不可能です。

彼らが大東亜戦争を肯定的に論ずるのは、戦後の歴史教育が関係していると思います。戦後の左翼的な教育に対する反発から、大東亜戦争を擁護するようになったのでしょう。つまり、彼らの大東亜戦争に関する議論は戦後になって再構築されたもので、戦争に至るプロセスの実態が反映されていないということです。

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