西日暮里と成増、共通点は「沿線開発で挫折」

高級住宅街や行楽地が生まれるはずだった…

都営日暮里・舎人ライナーの西日暮里駅(写真:KASA-HIRO / PIXTA)

今年は明治維新から150周年に当たる。江戸幕府を打倒した志士たちは、明治政府を発足。そこから、日本は近代国家の道を歩み始める。

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幕府が藩主たちに与えていた屋敷地は、明治新政府が接収した。それらは政府要人の邸宅などに転用されたが、民間に売却された屋敷地も多い。

江戸から豪商として知られる渡辺家は、当主が代々にわたり治右衛門を襲名する名家だった。9代目・治右衛門は明治期に銀行業・商社などを設立。明治維新という時代の転換で没落する豪商を尻目に繁栄を遂げ、時代の荒波を乗り切った。

9代目・治右衛門は1909年に死去。跡を継いだ10代目・治右衛門は、現在のJR西日暮里駅から近い土地を購入する。同地は秋田藩佐竹家の抱屋敷地だったものの、明治維新後は放置されたままになっていた。

不動産ビジネスの原型が編み出された

10代目・治右衛門が西日暮里の土地を購入した当時、東京の人口は爆発的に増加していた。明治期に勃興した新興の三菱財閥や江戸時代から続く名門の三井財閥は、この時期から宅地開発をスタートさせており、それを分譲するという不動産ビジネスの原型を編み出した。

資産規模で三菱や安田と肩を並べた渡辺財閥も、同じく不動産事業へ進出。明治末までに、10代目・治右衛門は安田財閥の総帥・安田善次郎を凌ぐ東京の大地主になった。

西日暮里の広大な土地を手中に収めた10代目・治右衛門は、この地に渡辺王国を築くことを夢見た。

西日暮里の開発にあたり、10代目・治右衛門は渡辺保全会社という不動産会社を設立。欧米に視察まで出掛けるほどの情熱を傾けた。

渡辺財閥の資金力をうかがわせるのが、鉄道博物館に所蔵されている岩崎・渡辺コレクションだろう。岩崎・渡辺コレクションは三菱一族の岩崎輝弥と渡辺一族の渡辺四郎の2人が、写真師・小川一真とともに全国各地を行脚して鉄道写真を撮り歩いた。膨大に残された写真群は、明治期の鉄道を今に伝える貴重な史料でもある。

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