第一人者が語る、がん「個別化医療」の将来像 中村祐輔氏が始める新プロジェクトとは?

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米国臨床腫瘍学会では話題の半分以上が免疫療法だが、日本はかなり遅れている。日本では詐欺に近い形で免疫療法ビジネスが広がった背景があるとはいえ、免疫のことをよくわかっていない医師たちが「免疫療法など効かない、インチキだ」と頭から否定し、不幸な状況が生まれている。「患者申出療養」という新しい制度もできたが、実効性があるとは思えない。

いいかげんなものはきちんと排除しないといけないが、標準治療だけでは患者さんを救えないという現実がある。病院の権限で先進医療を行えるようにするなど、新しい仕組みが必要だ。

ただし、まじめにやっていても、データを出さず論文も書かないというのでは、信用を得ることは難しい。自由診療であってもしっかりしたデータを取ることは大切であり、これを促す仕組みも重要だ。

日本発の新しいがん治療法開発を

このシステムを変えないと、いつまで経っても日本のがん治療はよくなっていかない。たとえば、今年6月『ネイチャー メディシン』誌にローゼンバーグ医師の論文が掲載された。抗がん剤の薬物療法が効かない乳がん患者のがん組織中のT細胞(免疫細胞の1つ)を培養して体に戻してやったところ、数十個もあった肝臓などへの転移が皆消えて、すでに2年が経ち、再発もしていないという。

中村祐輔(なかむら・ゆうすけ)/1952年大阪府生まれ。大阪大学医学部卒業。医学博士。東京大学医科学研究所教授、米シカゴ大学医学部教授・個別化医療センター副センター長などを歴任。2018年4月に内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「AIホスピタル」プログラムディレクター。7月に帰国し、現職。また同月、一般社団法人・がんプレシジョン医療プロジェクトを立ち上げ理事長に就任(撮影:尾形文繁)

たった1例なので、日本の多くの医師が主張する統計学的な観点で見ればエビデンスはないことになるが、1例でも科学的には重要なことをたくさん示している。

論文からは、がん特異的な抗原を見つけて攻撃する免疫細胞がもともと体内にあり、その免疫細胞を取り出して培養し活性化させて体内に戻してやることによって、体内のがん細胞と免疫細胞の攻守のバランスが変わり、がん細胞が消えたのだろうと推論できる。

たった1例だから、「エビデンスがない」と片づけてしまっていては、日本のがん医療が進化できない。今がん治療法として開発を進めようとしているネオアンチゲン(腫瘍特異的抗原)療法もこういった免疫療法の1つだが、なかなか開発を進められない状態にある。

新しい治療法の開発は、患者さんを救うために重要だ。そして、国産の治療法を開発することによって、海外から高額の新薬を買ってこなければならない状況を変え、医療費を軽減することにもつながる、ということも頭に入れておきたい。

小長 洋子 東洋経済 記者

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こなが ようこ / Yoko Konaga

バイオベンチャー・製薬担当。再生医療、受動喫煙問題にも関心。「バイオベンチャー列伝」シリーズ(週刊東洋経済eビジネス新書No.112、139、171、212)執筆。

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