世代を超えて伝わる格差を放置している現実 政策によって修正しないと、社会は不安定に

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平均より少ない資産を受け継いだAグループの子孫と、平均よりも多い資産を受け継いだBグループの子孫の差がなくなるためには、ランダムな影響が働くだけでは不十分で、全体を平均値に引き寄せるような仕組みが必要だ。たとえば、親から相続する資産が平均よりも多い人たちには相続税を課して、逆に相続資産額が平均よりも少ない人たちには給付をするというような、全体を平均値に近づける仕組みである。このような力が働かないかぎり、個人の資産を増減させるようなランダムな力が働いても、Aグループの子孫とBグループの子孫という集団の差は縮小していかない。

運の要素が働けば時間が経つと平均の周辺に正規分布するようになって格差はなくなるはずだ、と考える人も少なくないだろう。だが、同じような運の影響でも、平均への回帰というメカニズムと、運・不運が積み重なるランダムウォークとではまったく異なる。たとえば幸運のおかげでたまたま100点満点が取れた学生は、次回以降の試験では普段の実力の近辺の点数しか取れず、再び幸運にも100点を取るということが起こる確率は小さい。これは「平均への回帰」という現象で、上で考えた子供に引き継ぐ資産に運の要素が加わるということとは大きく異なる。

財産所得は資産額に依存するので格差は拡大する

現実の経済では、勤労所得は個人の能力に依存するのでランダムになりやすいが、財産所得(利子、配当、地代など)は資産額に依存する。勤労所得と財産所得の合計では資産が多いほど所得水準は高くなる。次の世代に残せる資産額には、親から受け継いだ資産額にかかわらずランダムな影響が加わるわけではなく、親から受け継いだ資産が多いほどより多くの資産を子孫に残せる確率が高くなる。

ピケティは『21世紀の資本』で、r>g(資本収益率は経済成長率よりも高い)なので資産格差が拡大していってしまう、という主張をして注目された。ピケティの主張するr>gという関係が実際に成り立っているのかについては議論があるが、この関係が成り立っていなくても、親から受け継いだ資産の多いほうが有利であるということに変わりはない。Aグループの子孫の平均値と、Bグループの子孫の平均値の差は、前述の試算では一定の2億円だが、財産所得を考慮すれば、この差は世代を経るにつれて拡大していくはずである。

そもそも、最初の図のようにAグループとBグループの区別せずにまとめて見たとしても大きな問題がある。第ゼロ世代が受け取った資産は平均のプラス・マイナス1億円だったが、第20世代が受け取る資産は平均ゼロの人が最も多いものの、最大は平均を約4億円上回り、最小は平均を約4億円下回っていて、最大と最小の格差は拡大している。もっと世代が下っていくと山は低く広がっていくので格差は拡大していってしまう。

何代にもわたって不運が続いた人の子孫が、何代か幸運が続いた人の子孫と同じような生活ができるということは期待できなくなってしまうはずだ。身分制度がなく、職業選択の自由があったとしても、このような経済では資産を持たない人たちの不満が高まって、社会は不安定になってしまうのではないだろうか。

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